よびごえ日誌


11
June
2021

【2021】よびごえ日誌 小田より

みなさん、こんにちは。小田です。
2021年度、初めての投稿が6月になってしまったこと、
例年のよびごえ日誌を思うと、とても遅いようですが、
一方で、この記事の裏側で、よびごえメンバーがどれほどの思いで
学びを継続しようと努力していることか、想像いただけることと思います。
 
さて、新年度を迎えたこともあり、いくつか
合唱団よびごえで合唱を学ぶということについて、
参考になりそうなことをメモをしておきたいと思います。
 
1.大学に入るまでに経験してきた様々な合唱
大人数で声を合わせて歌うということを合唱という場合、
学校は合唱をする機会が比較的多いように思います。
それは、例えば英語の時間以外で英語を使うことと
音楽の時間以外で音楽をすることを比較しても分かりやすいかもしれません。
行事のたびに校歌を歌うかもしれませんし、
「朝の歌」というものを設定している学校では
月によって歌をかえながらも、みんなで歌うと思います。
音楽集会や校内合唱コンクールに視点をよせると、
それは合唱することに重きを置いたイベントのようにも思います。
さらには、クラブ活動や部活動として、合唱に没頭することもできます。
 
授業としての合唱のみでなく、行事としての合唱、特別活動としての合唱、
こうした様々な合唱体験を経て、いま、私たちは大学で音楽を専攻しているのだということを
今一度認識しておくのは有益だと思います。
 
2.合唱の教育的成果を左右する要因を探すために
教員を目指す・目指さないを別として、
今日的に、合唱をテーマとした研究で何が言われているのか
その一端を知っておくことに損はないと思います。
 
研究論文や研究報告をいくつか眺めてみると、
合唱団という組織そのものの効用として、
合唱団の存在によって、所属団員と地域の人が繋がることができる
というものがあげられていたり(「地域における児童合唱団の機能と役割」, 2020年)、
合唱活動についての効用としては、
合唱活動を通して得られたあらゆる人とのつながりが醸成され、
それによって参加者自身がコミュニティへの帰属意識を高め、
さらには精神的健康への影響が考えられること、
また、そうした土台の上で情操の豊かさや身体的健康、well-beingへと
繋がっていく可能性が言われています
(Benefits of choral…
04
March
2021

【2020】よびごえ日誌 メッセージ(國元)


長らくうちに置いてあった合唱団よびごえの看板を、本日返納してきました。よびごえのメンバーとして合唱することももうないのかと、何とも言えぬ喪失感のようなものを感じています。だけど、人とかモノって終わりがあるからこそありがたみや大切さが身に染みてわかるものですよね。4年前何となく入ったよびごえをこんな思いで卒業するとは、当時の私には想像もつかないだろうと思います。よびごえは、ただの歌がうまい人たちの集まりではありません。ここでの合唱は、ただ単に歌うことを楽しむとかいう次元ではなく、音楽は思考や感情を伴う学問であり、音楽を前に圧倒的敗北を味わい、盛大に悩みながら少しずつ答えらしきものが出てくる、という何ともヘビーでハードなものでした。合唱ってこんなにも頭を回転させなければならないのかと、しかしそれがめちゃくちゃ楽しかったりもするんですね。ゴールが遠くに見えていたり、なんか頑張ればできそうなことって、私は少しつまらないと感じます。だけどよびごえは、私では到底太刀打ちできない世界が広がっていて、自分の非力さを感じるけれど同時にとてもワクワクするような、そんな不思議な場所でした。無知すぎる自分に幻滅したり、こんなの考えても分かるはずがないと放り投げたくなったり、自分が小さすぎることがわかった時、あぁ自分では敵わないなと敗北を確信した時、そこで初めて答えが見えてきたり本当の楽しさとか面白さがわかってくるのだと思います。そんな場を提供してもらった私は、同じような場を今度は子どもたちに提供しなければなりません。よびごえで合唱をやってきた者として、これから教育現場に出る私には日本の合唱教育を支えていく使命があります。技術とか選曲とか練習方法諸々、学校の音楽の授業だからと妥協するのではなく、わからない苦しさもできない無力さもすべて面白いと思わせられるような、合唱の本当の価値を提供できるような、そんな音楽教師になりたいです、なります。よびごえで学んだこと、めちゃ歌がうまくて頭の良い尊敬する先輩同期後輩と一緒に歌ったこと、小田さんの想い、全部、宝物です。本当に、素敵な場所でした。この大学に入って、皆に出会えて、小田さんに出会えて、幸せです。ありがとうございました。 國元…
27
February
2021

【2020】よびごえ日誌 本番後の振り返り編(森本)

会場での練習なしで客席から舞台に出るというのが新鮮で、客席に出た瞬間に緊張が押し寄せてきて少し大変でした。段々とこの舞台の空気感に慣れ、歌うことの楽しみを感じながら歌えました。気持ちが最初から作れなかったのが悔しいですが、このような状況下のなかでも本番を迎えられて本当に良かったです。
 
そして卒団の時を迎えました。本番終了後のミーティングでも話しましたが、短い間の所属だったもののよびごえで本当に濃い経験ができました。私は作曲専攻ですが、よびごえで、実際に音楽を演奏する活動でなければ経験できない、音楽を形作ること、音楽を伝えること、音楽を共有することについて、よびごえならではの濃さをもって、沢山経験できました。そしてそれらは私の創作活動に良い影響をもたらしています。おそらく、それが、惜しくも演奏されることはなかった、よびごえの新歓コンサートのために作曲した女声合唱にも現れていたかと思います。よびごえの活動なしではこの曲は生まれていませんでした。
 
私は今後大学院で作曲を続けますが、このように、これからも、音楽に向き合ったり音楽と仲良くしようとしたり、または時には違う視点をも持ったりして様々な経験をし、そんな自分だから作れる新しい音楽を生み出していきたいと強く思います。また、教育(人に音楽を言葉などで伝えたり教えたり、その音楽の良さを発信することも含み)にも興味があるので、その点もよびごえでの経験をいかして引き続き探究していきたいと思います。
今までありがとうございました。 森本…
18
February
2021

保護中: 【2020】よびごえ日誌

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18
February
2021

【2020】よびごえ日誌 番外編

みなさん、こんにちは。小田です。
まもなく、初めてだらけの2020年度が終わりを迎えます。
 
この1年、例年とは異なる角度からも合唱について考える機会を得ることができた点では、良かったこともあったと言えるかもしれませんが、一方でみなさんにはたくさんの我慢をしていただいたこと、それでもよびごえのために様々なご協力をいただいたことに心から感謝をしています。
 
この1年の締めくくりとして、それぞれ目標をもって、現メンバーでの残された時間を悔いなく過ごしてほしいと思います。
 
遅くなりましたが、これまでお寄せいただいていた「よびごえ日誌」を一気に公開しました。
また、みなさんで一緒に決めたパスワードを付した記事もあります。
 
よびごえ日誌は、通常、年度ごとに通し番号を付していますが、
もしかすると、担当になったけれどもまだ提出できていない方もいるかと思いましたので、
最後の最後に通し番号を付そうと思います。
 
今年度は、本当に様々な負担がみなさんにあったと思いますので、
「担当だったのによびごえ日誌が書けてない!」という方も、焦らず、完成したら小田までお送りください。
お送りいただけたら、随時公開していきます。
(担当が割り当てられていない箇所は、なるべく小田が記録用に書き起こすようにします。すみません。)
 
それでは今年度もあと少し、とにかく悔いのないようにお過ごしください。 小田…
21
January
2021

保護中: 【2020】よびごえ日誌

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14
January
2021

保護中: 【2020】よびごえ日誌 

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11
January
2021

保護中: 【2020】よびごえ日誌 

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24
December
2020

【2020】よびごえ日誌

こんにちは、今回の担当は3年中島菜々子です。年内最後の練習です。
 
全体での発声練習では、特に「ポイントの当て方」を意識して練習をしました。パートを交互に配置してお互いの声を聴きながら歌ったり、高音を出す際に息を止めないようにするなどについても意識して歌いました。また、高音をppで出す、というのは、自分で発声練習する際もあまり取り入れたことがなかったので、ぜひ試してみたいと思いました。
 
今回の「前へ」の練習では、詩の解釈、およびその表現方法について重点的に取り組みました。
 

 
この詩の中で何度も登場している「あなた」とは一体何を指しているのかといった歌詞の解釈から、「どうしてここに空白があるのか」といったように詩の書き方に込められた意図といった部分まで、細かく検討を行いました。また、解釈をしたらそれだけで終わるのではなく、技術的として還元する、といった点についても考えましたが、意外とこの実践が難しいということに改めて気づかされました。個人的に未だ解決できていないのは、「あなたと共に歌ったことを」の「共に」の表現方法です。この「共に」は特に大事に歌いたい、というような認識は共通していますが、ではそれを具体的に、技術的にどう工夫すればよいのか、ということがまだはっきりせず、言語化もできず、という状態で終わってしましました。他パートとの兼ね合いにも目を向けながら、引き続き検討していきたいと思っています。
 
今回は、パートごとに話し合い、どの部分をどのように工夫するか考える時間が複数回ありました。同じパートで実際に歌っているからこそ共感できる点も多々あり、意見を出し合って自分たちで工夫することで、「自分たちでつくっていく」という意識をより強く持つことができたと感じました。この場面で、私が特に興味深いと感じたのは、パートでの打ち合わせの後、まだ「具体的な方法」を引き出せていない状態でも、何らかの変化が生まれた、ということです。これはアルトパートで起こっていたことですが、パート内で話し合って、認識を共有しあったことで、無意識的にかもしれませんが歌声に変化が現れることもあるのだ、と知りました。また、こういった状態のとき、この時に限らず再現できるよう、どうして今うまくいったのか、と分析を行うことも重要だと感じました。
 

 

 
今回は特に詩の解釈・表現を重視した練習になりましたが、まだまだこの詩には多くのことが隠されていると思います。何度も細かいところまでこの詩を読み返して、たくさんの「なぜ?」を自分でも見つけていきたいです。
 

 
次回は、1年生の藤原くんに担当していただきます。フレッシュな視点を楽しみにしております。 中島  
17
December
2020

【2020】よびごえ日誌

この日は、春こんの練習を始めて、3回目の稽古でした。
 
発声練習では、息を吸うときの体の状態(①鼻をどう通るか 広い状態・狭い状態 ②その息がどこへいくか 背中側・お腹側)や、言語が求めている響きの位置があること、そのための練習の仕方を学習しました。息が鼻腔を通りながら、同時にハミングで音を出すということをしました。
 
Ave maris stellaでは、パート間の音程やブレスの位置、それに伴う息の使い方、ポイントが当たっている声であるかということを確認後、この曲の詩について、韻律の話がありました。12音節詩行であるというまとまりや、詩のリズム・意味から来るうねりがあること、そして私たちが分かっていることをどのようにしたら音楽で伝えることができるか、という問いが提示されました。また、そのうねりは3つのパートで時間軸が異なる部分と、tuttiで同じ波をつくる部分があること、aveという言葉から想起されるもの、韻をふんでいること等についても言及がありました。
 

 
前へでは、音程や開離に伴う歌い方等基本を確認しつつ、少しずつ曲の内面、表現に入っていきました。主旋律のエネルギーを他のパートに示し全体で共有していくこと、掛け合いや感嘆符をどう表現するか、どれくらいの決然さかなど、構成を考えた計画的かつ意志がある音の使い方を考えるためのヒントがありました。個人的に、「時間をかけてあたためるべきは、この曲のどれぐらい深いところにずっといられるか」という言葉が印象に残りました。
 
振り返りとしては以上です。話は変わりますが、最近、「炎」(Lisa)と「前へ」がどことなく似ているなと感じました。私は流行に乗り遅れて鬼滅の刃は見ておらず、曲の背景にあるものは分からないですが、なんとなく思いました。一人で歌う・複数人で歌う、曲が世に出た目的など違いは多くありますが、(だからこそ、)未来を考える想いや喪失の悲しみへのエネルギーを考えるヒントをもらえるような気がします。 佐藤  
10
December
2020

【2020】よびごえ日誌

皆さんこんにちは。A類音楽3年の伊藤真緒が担当します。
約5か月ぶりのよびごえ日誌です!
よびごえは長らくオンラインのみで活動を行っていたのですが、遂に12月から対面での練習が再開されました。感染への不安はまだまだ続く状況ですが、各自対策に取り組みながら春こんに向けて頑張りたいと思います。
 
ではさっそく、2回目の稽古の内容を書き留めていきます。
 
◆発声練習
オープニングは、発声練習から始まります。私は、自分以外の人と歌うという機会がよびごえにしかないので、1番声だけに集中できるこの時間はとても貴重です。
最近の発声練習でよく指摘されるポイントとして、「高さが変わっても母音のポジションを変えないこと」「音が高くなるほど息のスピードは速くなる」の2つが挙がります。歌や合唱を練習するときに考えることは沢山ありますが、他のことは一旦無視して1つのことのみに意識を集中する練習も有効な方法だと思いました。ある程度の時間強く意識して行うと、その後に別のことをやっていてもさっきのことは無意識にできるようになっているらしいです。確かに!今日も発声で集中してできたことは、曲中でも自然にできていたと思います。次の練習でも同じことをできるようにしたいですね。
 
◆1曲目「Ave maris stella」DUBRA,Rihards作曲
春こんで歌う1曲目です。今日は通しで歌うところまでいき、曲の全体像を捉えることができました。和音が決まらないと話にならないこの曲、そこが難しくも面白いところかなと感じています。私は特に、随所で発揮される7度のエネルギーをぶつけるところが良いなぁと思いました。アルトは人数が多いのに何故かブレスの場所が被るという以心伝心っぷりで、カンニングブレスを毎回相談し直しています(小声)。
 
換気ついでに、小田さんがキリスト教についてお話して下さいました。というのも、よびごえで宗教曲を扱うのは初めて(?)で、基本的な知識がほとんど無い!(多分私が知らないだけかもしれない。)
Ave maris stellaで称える聖母マリアは人間のカーストでいうトップで、もうめちゃくちゃに手の届かない存在であるという話、人は死んだら天国・煉獄・地獄にいく話、地獄にも階層(第9圏が最も極悪)がある話など、本当に入り口のところを学びました。第9圏にいくような人はどんなことをしたのか気になりますね。練習が終わった後に、団員数名でダンテの『神曲』をパラパラーっと見ましたが、「積読になりそうだ」という話になりました。
キリスト教について新しいことを吸収しても、そこで終わりにせず、音楽につなげるということを忘れずにいたいです。
 

 
◆2曲目「前へ」佐藤賢太郎 作曲
春こんで歌う2曲目です。
このよびごえ日誌を書きながら録音を聴いていますが、客観的に聴くことで課題をより明確に突きつけられている気がします。今日重点的に練習した跳躍の部分もそうですが、シンプルそうで難しい。いやシンプルだから難しい(?)。
知名度も高く、コンクールでやるのはなかなか厳しいと分かっていながらも挑戦するこの曲。ありきたりな言葉だけれど、やっぱり、聴いてる人の心に響くような音楽に仕上げたいです。といってもまだまだ土台が(;_;)まずは今年中に和音やバランスを文句なしと言われるまで持っていきたいです。
 
練習後には、恒例になりつつある写真撮影をしました。
この日は12月10日世界人権デーだったので、「LOVE&PEACE・・・♡」ハートに見えますか?? 
 

 
寒い日が続きますが、皆様お体にお気をつけくださいませ。
次回の日誌は、同期の佐藤さんです。よろしくお願いします! 伊藤…
12
November
2020

【2020】よびごえ日誌

こんにちは!B類理科3年の荒川です!
11月12日は、第3回目のオンライン勉強会でした!
この後期のオンライン勉強会は、音楽の教育について事柄を取り上げて考えていく勉強会です。音楽の先生は、各学校に1人であることが多く、1人で決めなければいけないことが多いです。その時に役に立つような事柄について考えていく勉強会です。
 
今回のお題は、「赴任したその年にはじめて合唱部(合唱クラブ)ができました。その時、最初に生徒にやってもらう曲はあなたならどうしますか?アカペラ曲にしますか?伴奏つきの曲にしますか?」です。
アカペラ曲、伴奏つき、2グループに分かれて良いところを出していきました。
 
大まかな流れとしては
1. アカペラ曲、伴奏つきの曲、どちらの良いところを考えたいかを選択する。
2. 各グループに分かれて、15分ほどかけて良いところを出していく。この時、自分が選択しなかった方の意見を否定しない。(Zoomで行ったのでブレイクアウト機能を使って各グループに分かれた)
3. 中間発表を行う。小田さんから意見などをもらう。
4. 中間発表で気づいたことや、小田さんからの意見などを基に、もう1度良いところを探していく。
5. 最終発表を行う。
6. まとめ
このようになります。
 
実際に各グループでどのような意見が出たのか、原文をそのまま載せたいと思います。
 
 
【中間発表時】
 
~アカペラ曲グループ~
 
・一人一人の声がわかる→周りの声きく、自分の声もきく
・音とり、アンサンブル能力
・部活動としての特有さ(授業にはない経験、意識)
・なんとなくじゃ済まない→責任が重い→パート練ちゃんとやるのでは?
・課題にぶつかりやすい→成長、できた時の達成感
・難易度が高い曲が多い
・どこでもできる
・伴奏いらない(人が減らない)
・コミュニケーション、意見を出し合う
 →人間関係的なところ
・伴奏→アカペラだと、抵抗感あるけど最初にアカペラやっておくとハードル下がる気がす る
・「声だけ」の響きを味わえる、より合唱っぽい!!
・指揮を見る。
・ピアノに声量負けるっていう問題が一つ減る
・最低2人でもできる
・各パートの役割がけっこうはっきりしている(メロディー、伴奏っぽい)自分の役割→責任
 
 
~伴奏つきの曲グループ~…
16
July
2020

【2020】よびごえ日誌 vol.008

こんにちは!B類音楽専攻の神谷咲妃です。
梅雨も終わり、夏の暑さが続く日々となりました。そして学芸大学もようやく春学期が終わり、長い夏休みが始まりました。また7月から対面授業が一部再開されましたが、やっぱりレッスンは対面に限る!と改めて思いましたし、何より先生や同期に会えるというだけで刺激になります。
さて本日のよびごえ勉強会では、普段のようにグループワークと個人ワークでそれぞれ1作品について考え、そして今回は最後に当団3年生佐藤花音さんによる課題研究の発表も行いました。以下、ワーク内で出た皆さんの意見を挙げていきたいと思います。
 
 
【グループワーク】
『マザーグースの5つの歌』より『ソロモン・グランディ』
谷川俊太郎作詞/青島広志作曲
 
①第一印象
◇スウィングの楽しい曲調なのに、歌詞が物騒
◇お客さんを巻き込む作品→演奏会向け
◇自由表現の「騒ぐ」部分が面白い
◇無邪気
 
②予測される歌唱技術面での困難箇所
◇波線部分(=自由表現)で何をするか
◇テンポが速い、跳躍や付点のリズムが多いということによる譜読みの難しさ
◇モチーフの付点のリズムをどうとるか(正確さ、ジャズ調のどちらに合わせるか)
◇「騒ぐ」部分からpへの急激な移行
◇冒頭のbunのコントラバスのモチーフの歌い方
◇最後の高音の伸ばしと和声
◇指導者としての舵取り
 
③この作品ならではの体験・学び
◇日本語に訳された曲のため、原曲との比較鑑賞が可能
◇「マザーグース」について、ジャズ調の歌唱法についての学習
◇楽しさを共有する術、また恥ずかしがらずに表現するということの学習
◇歌詞に込められている「皮肉」の読み取り
◇技術を土台とし、その上で「遊ぶ」ということ
 
④この作品を取り扱った先に、合唱団にどのような変化があってほしいか
◇固定観念に囚われない作品との向き合い方を学ぶ
◇音楽を楽しむものということを思い出す
◇「自由」に立ち向かう勇気
 
 
【個人ワーク】
『ゆずり葉の木の下で』より『モン・パパ』
谷川俊太郎作詞/信長貴富作曲…
09
July
2020

【2020】よびごえ日誌 vol.007

こんにちは!2年A類音楽選修の伊野綾那です。
先日、Google フォトのアーカイブに、昨年の東京都合唱祭の写真が出てきました!「あれからもう1年が経ったのか…!」と時の流れを感じるとともに、同じ空間で合唱をしていたことが夢のように感じられ、何とも言えない不思議な感覚になりました。
 
さて、今回のテーマは、「『戦争』『死』『差別』といったシビアな作品を通して、どのような学び・体験を提供することができるか?」というものでした。
まずは、それぞれのワークで出た、皆さんの意見を挙げていきます。
 
 
 
【グループワーク】
『しゅうりりえんえん』「ゆうきすいぎん(有機水銀)」
石牟礼道子作詩/荻久保和明作曲
 
①第一印象
・強い怒り、悲しみの強さを感じる
・Fの低音が怖い、シンゴジラを感じる
・オワオワといった意味のない言葉が怖い
・演劇的  
・器楽的に声を使う箇所がある
 
②予測される歌唱技術面での困難箇所
・無調に近く音が細かいため、音取りが大変そう
・細かく記された強弱の変化を忠実に再現すること
・器楽的な部分を、どのような効果を狙っているのかを理解し、演奏に反映させること
・語りの部分の音程、アーティキュレーションのバランス
 
③この作品ならではの体験・学び
・その時代に生きていた人々の目線から水俣病について知る体験
・詩の一人称になりきる体験
・演劇的な歌唱の体験
・自分の演奏と演奏効果についての学び
・自分よりも幼い人が死ぬという疑似体験
 
④この作品を取り扱った先に、合唱団にどのような変化があってほしいか
・合唱作品が人に与える影響の大きさ、それを歌う責任の重さを知ってほしい
・感動などから音楽が生まれるだけではないという実感
「こういった伝えなきゃいけないことを伝えるためにも歌って生まれるのだな」
・感情をあらわに、殻を破る
・水俣病、死、重い内容への考え方が変わる、実感が変わってほしい
 …
02
July
2020

【2020】よびごえ日誌 vol.006

こんにちは!A類2年の滝澤奏有美です。梅雨が続いていて、豪雨被害が出ているようで心配な毎日です…
今回は、「小学生の歌とは?」をテーマに楽曲探究を行いました。観点ごとに皆さんから出た意見をまとめます。
 
【グループワーク】
童声合唱とピアノのための組曲「わらべうた」より『あきかんうた』(谷川俊太郎/三善晃)
 
〇作品の第一印象
・言葉遊び。リズミカルで楽しい
・言葉が無意味。心を空っぽにして歌う曲。「みんなで協力して歌おう!」という意志がわかりやすい
・二部に聴こえないくらい音の響きが充実している
・「春が来た」挿入の意味は?
 
〇予測される歌唱技術的な困難箇所
・パート間の掛け合いが多くテンポが速いため、はめるのが難しい
・最後ページ、ソプラノの高音持続やアルトのオクターブ跳躍
・言葉が多い。しっかり言いたい
・臨時記号が多く音取りが大変
・「春が来た」のメロディーとの重なりを聴く
 
〇この作品ならではの体験・学び
・いい意味で歌ではないみたい。話し言葉に近い形で歌に触れられる
・言葉遊びや軽やかな語感を味わえる
・強拍にアクセントが多いので拍子感がとらえやすい
 
〇この作品を取り扱った先に、合唱団にどのような変化があってほしいか
・言葉の質感に興味を持てるようになる。
・リズムや拍子が分かりやすい曲なので、曲の構成の初歩的なことを知る
・テーマのある曲とない曲の違い、テーマのない曲を何のために歌うのか考える
・発音の楽しさを知る、言葉と音のつながりに対する抵抗をなくす
・昔のこどもたちの遊びの楽しさを知る
 
☆この曲は、途中で童謡「春が来た」が挿入されます。曲中で突然「春が来た」を重ねる意味について考えたところ、メンバーからとっても素敵な意見が出てきました!
・遊びの最中、別の子供集団がやってきて、または空き缶遊びに飽きた一部の子供たちが、「春が来た」を歌いだす。子供たちの自由奔放な様子を表している
・冬は寒くて缶蹴りができなかったけど、春が来てやっと遊べる喜びを表している
・5時になると町に流れるチャイムの音楽。生活になじんでいる曲だけど、ある意味突然である。「5時だ、そろそろ帰らなきゃ!」
 
「春が来た」挿入の意味、私は考えても全く思い浮かばなかったのですが、皆さんのひらめきは素晴らしいです…どの意見にも感動しました…。
 
 
【個人ワーク】…
25
June
2020

【2020】よびごえ日誌 vol.005

こんにちは!A類音楽選修2年の堀切彩愛です。今回も楽曲探求と事例研究を行いました。最初に小田さんから合唱に関する視点として、ドイツの声楽教育についてや演劇と音楽の関係について、また音と言葉の関係についてや文学と音楽の関係について、他の楽器から学ぶことについて、建築と音楽の関係についての本の紹介がありました。
 
~楽曲探求~
今回のテーマ:同じ曲で違う編曲 どういう理由でどっちを選ぶ?
【グループワーク】
「サッカーによせて」(谷川俊太郎作詩/木下牧子作曲 アカペラ)
1. 作品の第一印象
 爽やかで明るい曲 元気・素直
 はつらつとしている
 メロディーがキャッチー
 詩にメッセージ性がある
 一体感がある
 歌詞が好き
 歌いやすそう
 青春っぽい
 
2. この作品を取り扱うにあたって予測される歌唱技術の側面から見た困難箇所
 跳躍が多い(6度、4度)
 疾走感、テンポ感を保つこと(男声が刻みで女声がその上に乗っかるイメージ)
 各パートがメロディーを分担するので役割意識を持つこと
 リズムが走ってしまいそう(自分のパートが単独メロディーの所は特に)
 高い音も多いのでブレスのコントロールが必要…
18
June
2020

【2020】よびごえ日誌 vol.004

こんにちは!B類2年の今城琴美です。
いつの間にか二年生になり三か月がたち、六月も下旬に差し掛かってきました。部分的にですが七月には大学に行ける兆しが見えてきて嬉しい限りです。よびごえも合唱はできていませんが、オンライン勉強会という形で、毎週密度の高い2時間を過ごせていることに感謝しています。
 
さて、オンライン勉強会もあっという間に第四回目となりました。
毎回行っている「作品を通した体験探求」ですが、今日は最初に、これへの取り組みをより深めるために、新たな視点やアプローチの仕方を小田さんからお話し頂きました。
この探求は、曲をみる角度を養うことを目的に行っていますが、曲をみる視点というのはどうしても固まりがちです。このように、作品に向き合うときの癖が出てきたというのはアイデンティティの表出と捉えると良いものでもあります。よびごえ勉強会の中では人との意見交換をする中で、他の方の視点を知ることが出来るのでそれだけでも一つの学びになるでしょう。ですが、もっと各個人が自分の中に様々な視点を持てるようにと、ドイツの歌唱力の定義(一例)を紹介していただきました。
 
私も自分の、曲をみる視点がいつも同じでもっと視野を広げたいと思いつつも、どのようにアプローチしてよいのか分からず困っていたので今回このお話をしていただけてとてもためになりました。確かに、このよびごえ勉強会の中では、他の方の考えをお聞きすることが出来るので最終的には様々な視点から曲をみることが出来ますが、実際に教師となって楽曲を扱う際には自分一人の視点から曲に向き合うこととなります。その時のためにも今から様々な視点を持っておくことは重要だと私自身も感じました。
 
ドイツの学校教育での声楽指導の指針を例に取り上げ、まずは楽曲探求の中で「歌唱技術の側面から見た困難箇所」を考える際に役立つヒントを示してくださいました。
・リズム(リズムの反復)
・音域(音域の広がり)
・音(転調への対応)
・声の発達(健康な声の響きと声量・発音)
・表現(曲想にあった声の使用)
・読譜(フレーズの終わりを見つけて歌唱)
・身体(一定の調整を保って歌唱)
・認知(聴いた音を真似、音の違いを認識して歌唱)
ドイツのとある教科書では歌唱力の定義としてざっくりとはこのように分類されています。
 
また「この曲を通して何を学んでほしいのか、合唱団にはどのような変化があってほしいのか」という、到達目標にあたる部分を考える際のヒントも示してくださいました。
・音楽の構造を理解して歌唱に繋げる
・歌うことと話すことの違いを考える
・声をどう使って歌唱を通した芸術作品を創出するかを学ぶ
・楽器としての声を知る
・感情と表現の関係を考える
・声と息の練習
・感情と声の関係を考える
・話し言葉による作品と韻律を持つ詞作品の違いを学ぶ
・人の声について知る、人の声でどのようなことができるか
日本では指導要領にもみられるように広い概念的な到達目標が多いですが、ここで出てくるような具体的なものをこのワークの中で到達目標に設定しても構わないとお話しくださいました。
 
小田さんが仰っていたように、ワークシートとの向き合い方、作品との向き合い方をここでもう一度考え直すきっかけとなりました。そして、自分の考えやすいテーマから考えるだけでなく、もっと外に目を向けて違う視点を持って取り組んでほしいという願いが伝わってきました。
このような学びのヒントをいただけたという意味だけでも今回はとても意義のある勉強会だったなあと私は開始10分で満足していました(笑)
 
 
【グループワーク】
「Zefiro torna」(F. Petrarva作詩/L.…
11
June
2020

【2020】よびごえ日誌 vol.003

こんにちは!A類音楽教育専攻3年の小金澤です。
 日誌を書くのはずいぶん久しぶりですね。最後に日誌を書いたのはいつだったかな…と探してみたところ、なんと昨年の9月下旬でした!半年以上経ってる……時が、経ってる……恐ろしい…。
 
 6/11は4回目のオンライン勉強会でした。流れは今までと同様なので、扱った曲と共有された意見について記録します。
 
 
【グループワーク】
「Pretender」(藤原聡 作詩/作曲)
 
〇作品の第一印象
・原曲とギャップがある(調、伴奏、テンポ等)
・歌いにくそう。
 
〇この作品を取り扱うにあたって予測される歌唱技術の側面から見た困難箇所
・知っている曲だからこそ、正しく歌いにくい。
・音取りが主旋律でさえ難しい。
・メロディの上下が激しい。発声に課題が出てきそう。
・和声が独特。メロディをよく知っているからこそハモリのパートが難しい。
・ポップス特有のリズム(アウフタクト、シンコペーションなど)があるため、楽譜通りに歌うことが難しい。そもそも楽譜通りに歌うことが良いのか。
・言葉のリズムと歌のリズムが一致していない。
・長い前奏の後に男声から始まる。
・フレーズの出だしが低音から始まることが多い。
・言葉が細かく、響きがなくなってしまいそう。
・男声パートにロングトーンがある。
・女声がdiv.からunis.になるのが難しい。
 
〇この作品ならではの体験・学び(特徴)
・よく知られているので取り組みやすさがある。
・耳から入るので楽譜を見たときに音程などを意識しやすい。
・歌詞に感情移入して歌う。
・移り替わる主旋律により旋律への意識が高まる。
・リズムを正しく縦を合わせる。
・ポップスを合唱でより美しくするためにどうすればよいのか。
 
〇この作品を取り扱った先に、合唱団にはどのような変化があってほしいか
・ポップスを歌うことから合唱や歌うことを好きになってほしい。自己肯定感の上昇。
・ポップス独特のリズムの歌い方等のポップス攻略ができる。
・歌詞に感情移入するきっかけになる。
・メロディを印象付けて歌える。…
28
May
2020

【2020】よびごえ日誌 vol.002

こんにちは!A類2年生の谷夏七星です。学校のオンライン授業が始まってもうすぐ1カ月が経ちますが、私はようやくオンラインに慣れてきたところです…。早く皆さんに会いたいです!!
 
 今日は、オンライン勉強会第2回が開催されました。前回はオリエンテーションがほとんどでしたが、今日から本格的に勉強会が始動です!〈教育学的な視点〉この曲では何を体験し、学ぶことができるのかということを2曲について考えました。
 
 1曲目は『獅子の子幻想』より「都の春」(蓬莱泰三 作詩/鈴木輝昭 作曲)を、以下の流れでワークしました。
 
①小田さんによる曲についての説明
②音源を聴き、グループワーク
③グループワークの検討内容の共有
 
 ①では、新潟を発祥とする角兵衛獅子を題材とする作品で、角兵衛獅子とは、昔、芸を見せ出稼ぎをしていた貧しい家庭の子どもたちのことであることを初めて知りました。この作品は、作詩者である蓬莱泰三さんが、当時かなり悲惨な状況であった角兵衛獅子の様子を表現として幾分かやわらげたい、と仰っていることや、『獅子の子幻想』の4曲の詩や流れ、描かれている内容についても見ていきました。1曲目の「都の春」は、語り・事実のナレーション・主人公(角兵衛獅子)の心情、この3つの視点が錯綜して書かれていました。
 ②では、少人数に分かれてワークを、「作品の第一印象はどうか→作品を取り扱う上での技術的な困難箇所はどこか→作品特有の学び・体験は何か→作品を取り扱った先に、合唱団にどのような変化があってほしいか」という流れで、以上の4点について検討しました。
 最後に③では、②で出た各グループの意見を共有しました。その内容を、簡単にまとめました。
 
・技術的な困難箇所
言葉が速いことによる発音・発声の統一に難しさがある。変拍子をなじませることが難しい。Legato部分と十六分音符が多用される部分の表情のコントラストを出すことが難しそう(伴奏が先行して雰囲気を変えてくれるため、そこまで困難ではないのでは?という考えもありました)。
 
・この作品特有の学び・体験
言葉と音楽の関連性を感じる。方言のようなものが音楽に与える影響を知る。語り・事実・心情の歌い分けができる。伝統文化の背景を知る。
 
・合唱団にあってほしい変化
自分が体験していないことでも物語の世界に入って歌うことができるようになる。ほかの作品でも、多様な視点から歌詞や楽譜を捉えられるようになる。決意や感情をこめて表現することに喜びを感じるようになる。
 
 ここに記した以外にも、様々な意見が出ました。
 
 この作品の譜面は複雑で、技術的な困難箇所を挙げればきりがないと思います。しかし複雑な音形や変拍子にとらわれると、その作品の本質や本当の魅力を知らず、技術を身に付けようとするだけで終わってしまうことを、この作品を通して私たちは学びました。私はこの作品を中学生の頃に歌いましたが、当時ここまで深く考えることは全くできていませんでした。〈教育的な視点〉から曲を分析することで、曲の本質や、指導される側では気付けなかった魅力を探ることができ、とても有意義なワークでした。
 

 
 2曲目に扱った作品は、Ave Maria(Javier Busto 作曲)です。小田さんからの説明の後、グループではなく個人でワークをし、検討内容の共有をしました。個人ワークでの検討内容は、グループワークのときと同じです。
まず、ドイツ人の批評家Sven Hinzさんのこの作品に対する批評を確認しました。Hinzさんはこの作品を、「シンプルなメロディーラインで描かれた作品である。冒頭部分にある五度の2回の上行は神聖なものの表れであり、楽譜を図形として見たときに信者・信仰の素朴さや純潔さが見て取れる。」と論じているそうです。
次に、個人ワークを行い、意見の共有(各項目2,3人ずつ)を行いました。
 
・第一印象
全体的に包み込まれるような印象をもった。和声がとても幸せだった。もっと宗教曲を聴きたくなった。…
21
May
2020

【2020】よびごえ日誌 vol.001

こんにちは!A類3年生の伊藤真緒です。久しぶりのよびごえ日誌ですね。
 現在、新型コロナウイルスの影響で対面での活動ができず、例年のよびごえとは全く違う新年度を迎えています。合唱をすることはできませんが、合唱好きな人達が集まったメンバーなので、オンラインでも出来る形で学び続けようと頑張っています。「合唱作品をもっとたくさん知りたい!」という声が多かったこと、そして将来合唱指導や教育に関わりたい人が多いということで、作品探究と事例研究を中心としたオンライン勉強会を小田さんが計画して下さいました。一人だとなかなか踏み出せない時も、何かを一緒に始めてくれる仲間がいること、それを手助けして下さる小田さんには感謝しています。
 

 
 ということで、さっそく今日はオンライン勉強会第1回目です!
なんとこの勉強会では団員だけでなく、新入生や卒業生、他学科の方等…多方面の方が興味を持って下さり、総勢20人でZoomを行いました。
今日の流れは、
○各紹介
○オンライン勉強会の概要説明
○作品を通した体験研究(概要・目標の共有、進め方について)
○今日の振り返り
です。
 自己紹介はコンパクトなものでしたが、しっかり顔と名前は一致しました。(Zoomは常に名前が表示されているので有難いです)
 
 この勉強会では、合唱作品を《体験的な価値(教育学的な視点)》から探究していきます。また、指導法も切り離して考えるので、まさに作品そのものが持つ教育的可能性にフォーカスしていくということです。その作品を体験することで得られることや他の作品とは違う楽しさを見つけ、合唱指導において選曲をする際に役立てたいと思います。
 
 第1回目なのでメインの研究に時間を取ることはできませんでしたが、今日は『きっと ほんとは みんな』「きっと ほんとは みんな」(里乃塚玲央作詩/大田桜子作曲)を取り扱いました。私はこの曲を知らなかったのですが、同じ曲集の中の「学校へ行きたい」は印象に残っている作品の一つです。小学校6年生の時(2011年度?)に県大会でこの曲を初めて聴き、強い衝撃を受けたのですが、その年のNコンブロック大会でも全国大会でも金賞を取った学校が「学校へ行きたい」を歌っていたのを思い出しました。他に、大田桜子さんの作品では『地球のてっぺん』や『にんげんとせかいのふしぎ』が好きです。
 話が逸れてしまいましたが…、これを「歌っていて楽しい」「なんか心動かされる」ではなく、「この作品ならではの体験・学びは何か」「この作品を取り扱った先にどのような変化があるのだろう」という風に考えていくわけです。「きっと ほんとは みんな」でいえば、歌詞に多く登場する「好き」の歌い分けによって強弱や発音の効果について考えるようになる、掛け合いの部分で他パートを意識し始める、といった変化が子供たちに現れるのではないかと思いました。私は楽譜と音源からこのようなことを考えましたが、まず詩に着目してみる人もいるかもしれませんし、他のメンバーや小田さんからは全く違った視点・距離感からの考えを得られると思います。いつも課題に一人で向かう時間が多いので、いろんな人の視点に触れる機会はとても楽しみです。
 
 終わりに。よびごえ日誌のアーカイブを読み返していると、楽譜とにらめっこしながら意見を交わしたり、本番に向けて練習に励んだり、今日は何人いるんだっけ~と言いながら椅子を並べていた日々すらも恋しいです(笑) が、いつかこれを見返した未来の自分が「こんな不況もあったけど有意義な時間だったな」と思えることを願って…!
今できることを頑張りたいと思います。
 
次回のよびごえ日誌は谷さん、お願いします! 伊藤…
05
April
2020

【2020】よびごえ日誌 号外

みなさん、2020年度がやってきました。100年に一度の非常事態の真っ只中、いま日本中に蔓延している不安は、少しでも傍で咳をする人がいれば距離を取り、いつも十分にあるはずの商品があと少ししかないと「とりあえず買っておこう」という発想を生むなど、普段の私ではない”特殊な私”を増殖させているように思います。”特殊な私”は冷静な判断を鈍らせたり、視野を狭くし、利己主義の発想を誘導したりと、どんどん自分自身を社会と切り離し、孤立へと向かっていく性質があるのかもしれません。僕が怖いと思っているのは、今の自分が自分でも気づかないうちに”特殊な私”になってしまっていて、無意識にそのような行動をとってしまうことです。クレヨンしんちゃんに出てくる上尾先生のように、眼鏡の着脱のような明確なスイッチがあるわけではないのです。自分のことは自分でしっかりと見つめること。そして、こういうときこそ身の周りの人に優しくあってほしいと思います。
 
さて、よびごえの活動がいつ再開できるのか、先行きは見えないのですが、せっかくなので僕の中学・高校時代を振り返りながら、よびごえのみなさんには合唱について考えを深めて頂けるような「探究テーマ」(宿題)を提供できればと思います。
 
▽▽▽
 
僕が最初に合唱に出会ったのは全くの偶然でした。小学校の時から音楽集会や卒業式、授業中も音楽の先生に代わって伴奏を弾いていた記憶すらありますが、あらゆる場面でピアノを弾いていたことが中学校の先生にも引き継がれ、中学1年の終わりの頃、音楽の先生から「Nコンの伴奏をしてみない?」と言われました。もちろん引き受けました。当時の楽譜がこれです。(平成17年度中学校の部課題曲「花と一緒」)
 

 
今見ると、間違った解釈の箇所もありますが、ただこれを見る限り、少年なりにのびのびと楽譜を勉強し、また既に細かい少年だったのだと思います。この曲の伴奏について明確に覚えているのは、歌の最後の切りとピアノの切りを同時にするのではなく、ピアノのペダルをほんの少しだけ残すことで、空間をふわっと仕上げようということにこだわっていたことです。また、歌の旋律とピアノの旋律が会話するようにしたいというメモもあり、ここでも歌とピアノが互いの役割を果たしあうことで得られる効果を期待していたとも思われます。この翌年は「虹」が課題曲で、その時には歌とピアノが会場でどのように混ざるかという意味でのバランスにもこだわっていたので、この頃から、なにか伴奏へのこだわりが芽生え始めたとも言えると思います。
(探究テーマ「1.合唱の伴奏のあり方」)
 
実際に歌い手として合唱を始めたのも、初めてNコンの伴奏をした年でした。きっかけは、Nコンの自由曲がアカペラだったことです。もちろん先生にはこう言われます。「課題曲を弾いた後、自由曲は歌わない?」この時、実はものすごく悩みました。なぜならば、歌が苦手だと自負していたからです。ただ、中学1年の校内合唱コンクールにて、合唱部が当時のNコン課題曲だった「信じる」と、自由曲「合唱のためのコンポジションⅠ」(間宮芳生作曲)を歌っていたのを思い出して、それがやたらとかっこよかったのです。当時の自由曲は「五木の子守唄」「おてもやん」(若松正司編曲)で、この作品はどちらかと言えば「合唱のためのコンポジションⅠ」のような現代的な作曲手法が一部採用されており、掛け声の多用や、各パートがハンドベルのように重なっていくなど、作品自体の面白さがありました。その翌年は課題曲が「虹」に対して、自由曲は「44わのべにすずめ」(木下牧子作曲)でした。この頃にはハーモニーが決まったことによる快感はすでに覚えていて、さらに心に刺さった合唱作品の楽譜を収集し始めていました。
(探究テーマ「2.歌うことが好きになるヒントはどこにあるのか?」)
 
 こうして、みるみるうちに合唱の楽しさに気づいていった僕でしたが、ある時こんなことを思いました。それは、「この曲すごい!」と直感的な感動を覚えるけれども、なぜ「すごい!」と思ったのか分からない、ということに気づいたのです。中学3年生の僕は、「なにか僕がこの曲を好きな理由があるはずだ!」と思い至り、当時もっともはまっていた曲の楽譜を買ってもらい、分析してみることにしました。それが、鈴木輝昭作曲の『ひみつ』から「うそ」でした。(特にこの最後の小節が、不思議で不思議でしょうがなかったのです。)
 

 
当時はもちろん楽典も知らないわけなので、そもそもどうすれば分析できるのか(一定のルールに従ってすべての音を調査できるのか)、その方法を開発するところから始めました。その時の僕の方法は、ピアノパートと合唱パートを頭から弾いていき、特に心に刺さった箇所をメモして、それらに法則性がないかと整理をしていきました。
僕はこの分析作業から多くのことを学びました。例えば、「半音でぶつかっている音も、1オクターブ、2オクターブと離れていくことで直接的な不快感を避けることができ、むしろ独特の美しさを持つこと」「歌のパートではフレーズの終わりで和声が解決していなくともそれにつながるピアノが和声を回収すること」「輝昭の用いる変拍子は日本語のリズムからすると全く当然の割り振りであって楽譜の見方を変えるととても読みやすい楽譜であること」「曲全体に不協和音がちりばめられているにもかかわらず最後の最後で最もシンプルな和声を長時間鳴らすことで異様な印象を覚えること」等。
(探究テーマ「3.私にとって魅力的だと思う作品の秘密はどこにあるのか?」)
  
こうして、我流の分析方法を手にした私は、中学校で配られる「コーラスフェスティバル」に載っている作品のうち、やはり好きな作品を分析したり、当時はやり始めた信長貴富の作品を分析したりしていました。分析をすればするほど、たまっていくのは「僕がその作品を好きだと思う理由」だけでなく、「こういうタイミングでこういう音を書けば感動するかもしれない」という作曲意欲でした。そうです、作曲を始めたのです。
「そうだ、作曲をしよう!」と思いたった僕は、当たり前のように合唱曲を書こうと思っていました。そのため、詩を探さなければいけなかったのですが、どういう経緯かは忘れてしまったのですが、選んだ詩は立原道造の「虹とひとと」でした。
詩を選んだから、「早速曲を書いてみよう!」と思い、ピアノに向かい、言葉のリズムを無視しないよう、混声四部でいきなり楽譜を書き始めたのですが、詩の一行分に音をつけるとアイデアがとまり、また一行分に音をつけると、次はその前のセクションと音楽的に繋がらないことに気づきました。ここで、とても大事なことに気づいたのです。それは、「詩の全体像を理解していないと作曲ができない!」ということでした。実は、これに気づくまで数週間はかかったと思います。どうして書き進められないのか、一行分につけた音は自分では満足していたのに、次の一行分の音と合わせると、一気に構成が崩れる気がしたのです。その曲は中学3年生を卒業するころに無理やり完成させて、いまではお蔵入りしていますが、それでもこの作業は僕にとても大きな学びを提供してくれました。
(探究テーマ「4.なぜ詩の全体像が分からないと作曲できないのか?」)
 
さて、ここまではまだ僕の中学時代しかお話していません。この時点で、相当、合唱や音楽そのもの、また詩にも踏み込んでいる僕ですが、これらの経験を持って、次は高校で合唱を続けることになります。
高校は、俗にいう合唱が強い学校でした。稽古方法も極めて効率的で、それでいて人懐っこい雰囲気のある、オン・オフのはっきりした部活でした。
 
僕の高校は、日本の現代作品を取り扱うことが多く、特殊な演奏法が出てくる作品は部員全員が「普通のこと」だと思っていました。「変拍子だから難しい」「演奏方法が分からないから難しい」といった声は一度も聞いたことがありませんでした。むしろ、特殊な演奏法を楽しんでいる雰囲気すらありました。例えば、『海の詩』(岩間芳樹作詩/廣瀬量平作曲)の「内なる怪魚 シーラカンス」では、水を入れたコップにストローを差し、息を吹き込んでぶくぶくさせる、ということが楽譜に指示されており、では誰がそのぶくぶく係をやるのか、ということでとても盛り上がりましたし、『氷河の馬』(大手拓次作詩/西村朗作曲)の「氷河の馬」では、男声が4部に分かれて裏声でクラスターをする箇所があるのですが、裏声ができないメンバーにとっては鍛錬でしかありませんでしたが、みんなで休憩時間に遊んだりすることで少しずつ楽しさへと変わっていきました。
(探究テーマ「5.一風変わった作品の要素をいかに合唱の喜びに繋げていけるのか?」)
 
合唱部の年間スケジュールはタイトで、1時間程度の新歓コンサートが新年度一発目で、そこから地域の合唱祭、全国総合文化祭全国大会、全日本とNHKコンクールの県大会、ブロック大会、あがよくば全国大会、そして合唱部の定期演奏会、アンサンブルコンテストが毎年のほぼマストで、それに慰問演奏や市のイベントでの出張演奏などが入ります。使いまわす曲もありますが、今思うととてつもない量の暗譜をして、1曲にかけられる稽古時間も2回の部活で本番というのもありました。新曲を読むときは、だいたい最初のパート練ですべて音を取り、2回目以降のパート練は解釈・表現にすべての時間を使っていました。
僕がパートリーダーになったとき、そんな強行スケジュールで鍛えられた「効率」は、今僕が持っている時間感覚にも大きく影響しています。1回のパート練習は50分程度。その間で複数の曲を練習しなければいけない。しかし新曲も音を取らなければいけない。となると、新曲の音取りをいかに効率的に終わらせ、各自がいったん認知した音を繰り返し反復させて自信を持たせてあげることができるか、全体の合わせになってもパニックにならずに同じことができるのか、そのためのパート練習をすることに特化しました。その結果、「あの空へ~青のジャンプ~」(石田衣良作詩/大島ミチル作曲)のような曲であれば、15分~20分で音取りが終了できていました。
では「どうやってパート練習の効率化を行ったのか」ということですが、大きくは2つのことを意識していました。
1つ目はパート練習がスムーズにいくような人間関係を築くことです。パートリーダーの言うことを素直に聞いてくれる環境はとても重要ですが、それは単純に厳しくすればいいわけではないのは皆さんご承知の通りですね。そして、高校といえば、ただでさえもいろんなイベントがあるわけです。体育祭や文化祭、定期考査、それに加えて家庭の事情もあります。この人の言うことだったら信じてみてもいいか、という関係を作るのは容易ではありませんし、キレやすい部員もいたり、人間関係のいざこざで部活に来れなくなりそうなのも僕にできる限り支えて、守ってあげなければいけません。みんなのことを第一に思っていることを感じてもらい、とにかく仲間を大事に、それでいて僕は本気でみんなと良い音楽をしたいことを伝え続けました。
2つ目は、稽古の緩急です。楽典が分かるわけでもない当時の僕たちは、いかに印象的に耳で覚えるかが重要でした。そのため、複雑な和声の箇所でも、シンプルな和声に置き換えて音を取ってみたり、「この音ってこの曲のここに似てない?もはやパクりじゃね?」などとたわごとを言うことで、過去の記憶を活用しながら新しい旋律にも親近感を覚えやすくなるような工夫をしていました。また、「早く音取りが終われば、今日のパートは全部休憩にしよう!」などと、エサで釣ることもありました。
僕のパートリーダー生活は、1時間目~6時間目までの通常授業の時に、いつもパートの仲間のことと、「今日はどうやってパート練習をしよう?」ということだけを考えていたと言っても過言ではありません。…
24
February
2020

【2019】よびごえ日誌 vol.036

お久しぶりです、2年アルトの中島菜々子です。
今回の練習は、いつもの大学ではなく、とある公民館の一室をお借りし、あたたかなお日様の光に照らされながら、遂に一週間後に迫ったコンクールに向け最終調整を行いました。
 
発声練習では、「ko」で歌う練習や、ハミングを用いた練習を行いました。前回の練習でも指摘があった、速いテンポ下での母音の響かせ方を意識することができました。今回の2曲はどちらも比較的テンポが速い部分があるので、緊張などでいつも通りにいくか分からない本番でも確実にできるよう、常に意識していきたいと思います。
 
 風紋の練習では、曲中の強弱を、より明確に聴いている人に伝わるよう工夫しました。また、曲の冒頭から、集まった声で歌いだせるように、息の吸い方、頭の空間の使い方、ポジションなどのポイントをおさえながら、練習しました。今回の曲は勿論のこと、他のあらゆる場面でも応用できるよう、もっと追究していきたいと思います。
 
 今回は、本番と同じ衣装、靴を身に付けての練習だったため、BIN-NA-MAの練習では、足踏みの音などにも注目しました。また、部分で取り出して、より細かく曲をつくりました。また、皆からも気になる点などを出し合い、それぞれが納得して歌うことができました。
 

 
 ついに、コンクールまで一週間を切りました。それぞれができることをやりつくして、いい演奏ができるよう、より集中して練習に取り組んでいきたいと思います。
 
 次回のよびごえ日誌は、同じくアルトパートの1年生・谷 夏七星さんにお願いしたいと思います! 中島…
20
February
2020

【2019】よびごえ日誌 vol.035

本日のよびごえ日誌は、A類2年アルトパートの伊藤が担当します!寒さの中にも春の足音が聞こえてくる今日この頃、皆様はいかがお過ごしでしょうか。よびごえが出場する春コンもいよいよ来週と迫っており、団員一同日々の練習に励んでいます。
 
まず初めに、発声練習です。今日は時間が無かったのですが、「腕を上下させジャンプしながら『どんぐりころころ』を歌う」というものを佐藤さんが提案してくれました。佐藤さんが小学生の時に「心拍数を一回高いところまで上げると、次にもう一度その心拍数になった時に慣れてキツくない」という話を聞いたらしく、みんなでヒーヒー言いながら「どんぐりころころ」を歌いました。私たちが春コンで歌う「風紋」も「ビンナマ」もそれぞれパワーが必要なので、体力も肺活量もすごく大事です!!
 
さて、本番も近づく今日の練習テーマは、暗譜☆と細かい部分の修正でした。毎回と言っていいほど“暗譜”という敵が纏わりつきます。今回特に「ビンナマ」では動きも入るため、非常に焦っていました。しかし、練習の前にアンプ会をしたり、暇な時にブツブツ唱えたりしていると、自然と覚えるようになっていました。何回も繰り返してとにかく体に染み込ませる人、規則性を見出して論理的に覚える人、楽譜自体をスクリーンショットのように記憶できる人、暗譜の仕方は人それぞれのようです。
 暗譜をしながら思ったことは、未だにアクセントの位置が曖昧であるということです。Bin-nam-maではbinに>がつくところもあれば、namについたり、maについたりします。楽譜を外して歌うとあまり意識せず歌っていたなと気づきました。また、他パートが主旋律の時はそれを意識しているけれど、それ以外の時に他パートが何をやっているか気に留めていなかったなと思いました。二曲目は立ち位置がソプラノの隣なので、もし暗譜が飛んだりしても混乱しないように、普段から自分以外に耳を傾ける余裕も大切にします。
 
 また、「風紋」でも「ビンナマ」でも子音が多いところで声が前のほうに出てきてしまうので、それを修正しました。摩擦音を出すために狭くした口を一瞬で開けるのを、無意識でやるのは難しいです。しっかり開ける、顎を下げる、と考えながら歌うことが必要です。詰めの時期になっても、発声や体の使い方は絶対に基本となるので、時々確認する機会は大事にしたいです。
 

 
写真は練習後のミーティングの様子です!
春コンまで残りわずかですが、限られた時間を有効に、よびごえらしく、楽しく、最後まで磨いていきます。
P.S.出番は3/1(日)浜離宮朝日ホール11:08頃の予定です。私たちの合唱を、ぜひ多くの人に聴いて頂けると嬉しいです(*^^*)!!!
 
次回のよびごえ日誌は、は私と同じ二年生でアルトパートの中島さんにお願いしたいと思います!♡ 伊藤…
13
February
2020

【2019】よびごえ日誌 vol.034

こんにちは!1年ソプラノパートの伊野綾那です。
今日は秋学期の授業最終日。ようやく春休み突入ということで、大学がいつもより静かな気がしました。しかし、練習室のある音楽棟4階はいつもと変わらず、活気に溢れていました!それもそのはず、試験が終われば次の曲が待っていますからね!今、私も新しい曲の譜読みに取り掛かっているところです。休みだからといって気を抜かず、こつこつ練習していきたいと思います。
 
 さて、今回の練習はかのんさんが発声練習を担当して下さいました。最初の体ほぐしでは、前屈をした状態で脚の後ろ側全体を伸ばしたり、しばらく小刻みに揺れて脱力してから止まり、体の軸を感じたりしました。止まった時に何とも言えないふらふら感があり、体が安定する場所を自然に見つけていく感覚を味わうことができました。次に、風紋を意識したクレッシェンド、デクレッシェンドの練習をしました。強弱の幅を全体で統一するため、隣の人の声に耳を傾けながら歌ってみると、自分は思ったより声を押しすぎていて、発声が乱れていることに気づきました。今度は先程とは逆に、デクレッシェンド、クレッシェンドの順での練習です。これは思ったより難しく、多くの人が苦戦しているようでした。音が3度上がったときに弱くなっても、声に芯を残し、かつ強弱の差もしっかり出す、というのが難点でした。しかし、このような地道な練習の積み重ねが、曲の中で使える表現を増やす近道なのかもしれません。
 
 今回の稽古は、細かい確認をしてから通しを行いました。風紋では、ソプラノとアルトの4度、5度、8度の響きを決めるということに焦点を当てていきました。冒頭の女声はユニゾンから始まり、ソプラノの音が高くなることで偶数小節が3度、4度、5度と徐々に音程が広くなっていきます。ただ音楽の流れにのって音程に関して無意識で歌っていては、4度と5度はなかなか決まりません。そこで、音が高くなるにつれて息のスピードを速くし、発した瞬間に音を当てる練習をしました。その際、「来る」「貝」のKの子音で息が遮断してしまうが流れを止めないこと、ポジションは後ろ、息の量は少なく一点に集中させることが課題となりました。テンポが速い曲の中でも音を確実に当てることができるよう、体の準備の仕方、タイミングなどを染みこませていきたいです。
 
 BIN-NAM-MAは、表現一つ一つの違いを明確に、そしてよりシャープな音をつくる、というのが今回のテーマでした。テノールとバスがずれてクレッシェンド、デクレッシェンドする複雑性、クレッシェンドしては音量をがっと落としてまたクレッシェンドする再現性など、この曲には恐怖や不気味さを感じさせる細かい表現がぎっしりと詰まっています。お客さんに気持ち悪いと感じて(楽しんで)もらうためには、その一つ一つを極端に明確に表現しなければなりません。そして、子音の入れ方、ロングトーン、体を叩く音、地面を踏み鳴らす音すらもシャープな音を目指します。いつもはホールの響きが私たちを助けてくれますが、今回ばかりは、シャープな私たちの表現を邪魔してきそうです。柔らかい響きに飲み込まれない鋭さを、これからもっと突き詰めていきます。
 
お客さんの目にBIN-NAM-MAがどう映るか気になるところですが、忘れてはいけないのがインディアンとベネズエラの大洪水で犠牲になられた方々の目です。自分の肉体と痛みを捧げ、自然の平安を願ったインディアンのダンス。災害の絶望から立ち直っていく人々の姿。思いを馳せるにはあまりにも遠い存在ではありますが、この曲を通して知ることのできた人々の心情を少しでも体恤し、音楽を作り上げていきたいです。
 
少々重くなってしまいました。最後は井出さんを明るく送り出して締めましょう!
教育実習頑張ってください!私たちも、本番までまだまだグレードアップしていきます!
 

  伊野…
10
February
2020

【2019】よびごえ日誌 vol.033

こんにちは、3年の國元美乃里です。秋学期は今週で終了ということで、テストや試験が佳境を迎えており、学芸大学は非常に盛り上がっております。と同時に3年生の名乗ることができるのも残りわずかとなり、ついこの前大学に入ったばかりなのになあと、時の流れの速さに驚いております。
 
 練習は、ななせちゃんの発声から始まります。ハミングで8拍間、2拍ずつのクレッシェンドデクレッシェンドを繰り返します。最初はどのくらいの音量で、最高音量はどの程度で、と計画的にやらないと、2拍はあっという間に流れてしまいます。次は、『カケキコクコキケカケキコク』(あってる?)を音階で歌っていきます。カ行は意識して発音しないとうまく当たらなかったり、母音の違いで響きの違いも分かりやすいため、合わせるのがとても難しいです。今回の発声メニューは初めて取り組むものも多く、きっとななせちゃんが、どうやったら風紋やビンナマにつなげられるのかと試行錯誤を重ねて、毎週持ってきてくれているのだと思います。ありがとうございます。
 
 頭を使って机やいすをコンパクトに並べ替え、できる限り本番のステージの広さを確保します。いつも通り、まず初めは風紋の通しから始まります。私たちの強みは何と言ってもこの人数。しかもそのほとんどが、声を出すことをお得意とする声楽専攻で、他団体に負けない音量を出すことができます。その強みを生かし、風紋ではビル風のような、強烈で圧倒的な風を吹かせ、それに匹敵する大きな愛を表現したいと思います。
 
 この練習の前に何人かでビンナマの暗譜稽古を行ったのですが、同じような音形、同じような言葉が繰り返され、微妙に変化していくこの曲を暗譜するには、規則性を見出すことが一番の近道であると感じました。中学の頃から、テストに出る何の関連性もない用語たちを、勝手に意味づけして記憶していくことが得意だった私(テストは全部それで乗り切っていた)。とっとと暗譜するんだ!!!ということで、話がずれましたが、ビンナマではまず、Pの表現の仕方を考えます。ただ小さい音で歌えばいいという話ではありません。音色を柔らかくする、その前の音を強く固く歌い相対的にPに聞こえさせる、息を混ぜる、など音量以外のアプローチはいろいろ考えられます。次に課題にあがったのが、M⤴の歌い方です。この場面では不満を表現したいのですが、言葉ではないこの音でこの世界の異質さを表現しなければなりません。いまはまだ、個人個人のイメージや方法が統一できておらず、まとまっていない状態なので、早急な課題として取り組んでいきたいと思います。ビンナマは何となく、歌っているときの頭の中や声はそれっぽくなってきたのですが、身体が追い付いていないという感じがしています。身体は意識しないと動きません。どこかに冷静な視点はもちつつ、呪術的かつ神秘的かつ幻想的な踊りで観客の皆さんを感動させることができたらと思います。
 

 
 つぎの日誌は同じソプラノパート1年生のやあなちゃんにお願いしたいと思います。とっとと暗譜します!!!
  國元…
06
February
2020

【2019】よびごえ日誌 vol.032

こんにちは。3年の井出です。
2月前半のぽかぽか陽気から一転、急に寒くなりました。私は大学1年のときから早朝バイトを続けていますが、毎年この冬の時期の早朝は、手が凍るほど寒いです(そしてなかなか起きれない!)。
 
今日は、花音さんの発声練習、と思いきや、いきなり「どんぐりころころ」を歌いました。
しかも隣の人の肩をたたきながら。体だけでなく、その場の空気もほぐれました。そういえば昨日、「春こん。」の中学校・高等学校の部のお手伝いをしてきました。終演まで舞台袖にいたのですが、約8割(!)の団体が、演奏前に肩たたきをしていました。どこかの本にでも書いてあるのかしら、と思ったほどでした。また、学校・団体によって本番前の空気は様々です。生徒全員と握手をする先生、ギリギリまで生徒と演奏の確認をする先生、生徒とは話さず楽譜や指揮の確認を黙々と続ける先生など、様々でした(どれがよい、というわけではありません)。一つ言えることは、その空気は先生次第なのかな、ということです。部活動の指導方針でもあるのかもしれませんが、先生によって育つ子どもは全然違うのだなあ、と。言葉では分かっていましたが、実際に間近で見てヒシヒシと感じました。
 
さて、話が逸れました。今日の練習では、はじめに「風紋」を扱いました。通しの録音をし、その録音を聞き、改善点を出し合いました。課題はまだまだたくさんですが、一つひとつ解決をしていきたいですね。言われたことを何個も一度にやろうとすると、かえって上手くいきませんでした。
後半は「BIN-NAM-MA」です。本番の並びを確認し、また演奏も形になってきたと感じています。楽譜に書かれている演奏記号を中心に、細かく確認を行いました。楽譜を読み込んでいる、と思っていても、見落としている記号があるものです。形になってきたのは、そのような細かい作業を繰り返した結果なのかな、と思います。終わりのミーティングでも、「やっと曲を掴めた」との声が多数。暗譜も含め、今後も頑張りましょう!
 
そしてもう一つ。今日の練習から、ベースに助っ人が来てくれています。バリトンパートをお願いしましたが、彼が入ったことで一段と音の鳴りが豊かになりました。練習も違った視点で見てくれているようで、よびごえに新しい風を吹き込んでくれそうです。これからもよろしくお願いしますね。
 

 
次回は同学年の國元さんにお願いしようと思います。 井出…
03
February
2020

【2019】よびごえ日誌 vol.031

こんにちは。佐藤花音です。
寒いですね。中学、高校、大学受験シーズンですね。受験生が落ちついて力を出しきれることを心から祈っています。
大学内も試験、試験、試験と毎日追われています…がんばります…
 
今日は発声の時にテヌートとアクセントの歌い分けについて考えました。二人組で行い、片方の人が歌った後2人で振り返りをします。発声を進めてくれたななせさんの指示で、まず歌い終わった人が、違いを表現するために変えたことを言った後に、聞いていた人が感じたことを言いました。ただ聞いていた人が感じたことを言うだけよりも、まず歌った人が振り返ることから始める方が、深く考えられるなぁ、と思いました。表現について、意見を聞くというより、自分の感覚や判断基準について、意見を聞く感じになるからかなと思います。先日教育法の授業でこれに関連する内容を聞いたのを思い出しました。授業で学んだことを実践の中で捉え直すことで学びが深まるのは楽しいです。
 
風紋は今まで部分部分で練習していたところのつなぎを確認し、その後に通しました。その際録音をして改善点を出しました。子音のタイミングや強さ、フレーズの終わり、リズムの出し方などについて言及があり、それらについて確認した後に、もう一度通しました。
風紋は息継ぎのタイミングが難しいのもあり後半になるとだんだん疲れてきます。疲れてきたときに自分の歌い方がどう変化するか知り、計算して歌うよう、また、一度に全部はできなくていいから1つずつうまくなっていってと、お話がありました。
 
ビンナマはいままでよりも細かく表現の仕方について練習しました。強弱、動き、アクセント、スタッカート、テヌート、どんな声質で歌うか、などの点について、数小節ずつ丁寧につくっていきました。考えることが盛りだくさんで、練習時間があっというまに過ぎていきます。野性的・非日常的な表現をめざす部分がありますが、このような世界観の曲は今まであまり出会ったことがなくて新鮮です!最後に前半と後半に分けて、通しました。分けてであっても、通したのは今日が初めてでした。通してみて改めて感じたのは、場面の変化・音楽の変化がめまぐるしい曲だということです。気持ちと思考と感覚がきちんと伴っていけるよう、1つずつ頭と体に浸透させていきたいです。
 

 
次回は井出さんにお願いします! 佐藤…
16
January
2020

【2019】よびごえ日誌 vol.030

こんにちは!今回のよびごえ日誌はA類1年アルトパートの堀切彩愛が担当します。
今日の練習はまずストレッチから始まりました。1人で首回し等をした後、2人組で背中合わせになって、手首を持って前に倒れて引っ張り合うストレッチをしました。普段あまり伸ばせないところも伸ばせた感じがしてとても気持ち良よく、組体操みたいで楽しかったです!
その後に発声練習をしました。ドレミレドの音形で、ハミングやka,ア母音で最初だけkの子音を付ける等段階を追って練習しました。今回の練習では、「空間で音をまとめるとはどんなことか」をテーマに、指揮者がいるあたりに声を集めるポイントを設定したり、空間全体を意識したりしながら、息のスピードや子音にかける時間を調整しました。本番のホールでの聞こえ方を意識しながら練習することが大切だと感じました。
 
今日の稽古では、BIN-NAM-MAをメインに練習しました。パート内や全体で決めておくべき約束事を話し合って解決していきます。1つ目に話し合ったのは、アルトに出てくるウィスパーボイスでのテヌートの付け方です。滑らかなクレッシェンドディクレッシェンドではなく、テヌートの部分で止まった時間を作る,gの子音を長めにとる等の結論になりました。次はソプラノのウィスパーボイスの部分で、楽譜の表記が3度高くなっている箇所をどう表現するかということです。音の高さは喉を締めることで表現できるという結論になりました。次に、途中に出てくる体全体を使ったリズムパターンをどう表現するかという話し合いになり、何かしらの動作を楽譜通りすることは決まりましたが、細かいことは保留になりました。またHに出てくる矢印付きのOMは有声にすることを確認しました。さらに、バツ印の付いたmaはかわいく唇の破裂音が聞こえるような歌い方にすることも確認しました。その後、楽譜の細かい所を確認していきます。「不満げに」という指示をどう技術的に還元していくのか個人で試してみたり、テヌートや細かいクレッシェンド,ディクレッシェンドを的確に表現できるよう練習したりしました。P.9にあるクレッシェンドからのフォルテ、その後のスビトピアノの流れについては特に重要で何度も練習しました。私は今までこの曲の振りや音を一通り通り歌うことに気を取られ、細かい所にまで目を向けられていなかったことをとても反省した稽古だったのですが、細かい表現は全員で共有して的確に表現していけると良いなと思いました。
最後に小田さんからの宿題として、今は日本人っぽく歌いすぎているので、舌根を落としたようなkumの言い方と南米の人の感情表現,南米についてを各自研究しようということになりました。本番までもうあまり時間が無いので、自分でも曲の理解をどんどん深めていきたいと思います。
 

次回のよびごえ日誌は谷さんにお願いしたいと思います!
成人された先輩方、おめでとうございます! 堀切…
06
January
2020

【2019】よびごえ日誌 vol.029

明けましておめでとうございます。
今回のよびごえ日誌はアルトパート1年の今城琴美が担当致します。
 

 
今日はストレッチから練習がスタートしました。
後ろに伸びたり、上に伸びたり…思ったより肩が凝っていてびっくり!全然腕が後ろにいきませんでした笑
そのあと2人組でのストレッチ。
1人は脱力して前屈して、もう1人がその人の背中を叩きます。前屈をしている人は背骨を1つずつ積み重ねるイメージでゆっくりと起き上がります。
 
その後の発声練習は、ソーーーファミレドーというように5度下降する音形で行いました。
高い音からスタートする発声は、思ったより高めを狙って歌い始めないとぶら下がりがちになります。しかし、アタックが強すぎると発音がきつくなるのでそれも注意しなければなりません。下降するにつれポジションが変わらないように気をつけるというのも課題となりました。
その後、BIN-NAM-MAでも出てくる、グリッサンドの練習も行いました。
 
 
1曲目は風紋の練習から!
まずは正確な音程、リズム、発音で歌唱できるかの確認です。
少しテンポを落として、器楽的にきっちりとダイナミクスの変化を表現することに意識して歌いました。
 
そして、今日は細かく楽曲分析をしていきました。
まず1つ目のポイントは『リズム』です。この楽曲は全体を通して大きく2つのリズムパターンに大別できます。それに注目して、楽譜にマーキングをしながら皆で確認しました。
まず、第1主題は2小節目の頭に向かった音形、つまり、フレーズの頂点に向かう過程が表現される音形です。クレシェンド、デクレシェンドをしっかり表現することが重要となってきます。
それとは対照的に、第2主題は裏拍の動き、つまり、いきなり始まります。これが第1主題との決定的な違いです。ファンファーレ的に、発音をしっかりと入ることでリズムの違いを浮き彫りにできます。
 
次に、2つ目のポイントは『歌詞』です。
私たちが今回歌う「風紋」は、風紋という楽曲の第四章です。私たちが実際は取り扱わない、第一章から第三章も含め、歌詞の意味を丁寧にみていきました。
第一章「風と砂丘」は、風でもなく砂丘でもなく第三者の視点から描かれています。第二章「あなたは風」はタイトルからも読み取れるように、“私”が砂丘であり、風である“あなた”へのメッセージとなっています。
そして第三章「おやすみ砂丘」は第二章と立場が逆転し、風から砂丘へのメッセージとなっています。
それでは第四楽章「風紋」は一体どの視点から描かれているのでしょうか?
これは砂丘で風の言葉を目にして想像を膨らました人間の視点なのではないかという意見などが出ました。
また、第三章の最後には「人は呼ぶ 風紋」という歌詞があります。人間はどんな現象にも名前をつけようとします。これは私たちにとってしか意味をなしません。自然は人間が及ばない神秘の世界の中のもので、風の言葉を風紋と言う言葉では認識していないのです。
 
そして、3つ目のポイントは『音楽と詩の関係』です。
私たちは日常的に、バーバル言語とノンバーバル言語を使っています。
バーバル言語とは、ある程度の人が何を指しているのか特定出来るものです。たとえば、ペットボトルという言葉などが例に挙げられます。詩、つまり言葉は具体的なイメージを共有するのにとても便利なのです。
一方、ノンバーバル言語は、指すものが統一されません。音楽など、個人によって感じることが違う、抽象的なもののことです。つまり音楽では、必ずしも同じ結果を共有することが出来るとは限りません。
歌というのは、詩というバーバル言語、音楽というノンバーバル言語、この2つが組み合わされたものです。
 
では風紋を歌う上でその2つを上手く表現するためにはどうすれば良いのでしょうか?
詩に寄り添えばいい演奏ができる合唱曲が近年多い中、この風紋は現代曲に近い形式であり、音楽が要求する合唱曲といえます。…
16
December
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.028

Merry Christmas!!
はじめまして。本⽇の⽇誌は、4年声楽専攻テノールパートの濱野瑞貴が担当します。
 
まず、今回の練習では、発声練習を⼆年⽣の花⾳さんが仕切ってくれました。”ieieioiou”といった⺟⾳唱を⽤いて、いくつかのアイデアを試しました。たとえば、、全員で⼀緒に歌う以外にも、2パートにわかれて輪唱のように追いかけっこをして、先に歌い出したパートの歌い⽅を後を追いかけるパートが真似をして練習しました。その後、パートを交代して歌ったり、もう⼀度全員同じタイミングで歌ったりしながら、⾳を揃えていきました。私のひとまずの感想は「カエルの歌みたいで楽しかった」です。笑もちろん楽しいだけでは、上達は無いのかもしれませんが、楽しんで練習できることはとても重要なことだと感じました。
私事ですが、来年から教員になることが決まっており、どうしたら中⾼⽣が楽しみながら、⾳楽が好き!という気持ちを持ち続けながら、合唱練習に取り組んでいけるのか?と良く考えています。曲を思ったように歌いこなすためには、発声練習も必須ですが、⽣徒に前向きに取り組んでもらうためには、様々な⼯夫が必要だと思います。各々が思いついたことを実験的に取り⼊れたりしながら、いろいろな発声の取り組みができるのもよびごえの魅⼒かな、と思いました。
⼜、”Ma”のシラブルと3度幅の⾳程を使い、crescendoして頂点を迎え、次第にdecrescendoする練習も⾏いました。ここではcrescendo(⼜はdecrescendo)の幅や⼤きく(⼩さく)なっていくタイミングを揃えることを意識しました。ここでは発声練習としての、いわば⾃由な⾳楽表現に繋げるための技術練習ですから、楽譜に書かれている強弱記号とは少し意味合いが変わってくるのかもしれませんが、楽譜を読む際には、何故ここにcrescendoがあるのか、どういった演奏効果を狙って書かれたのかを考える事はとても重要なことだと思います。今、取り組んでいる、「⾵紋」にも強弱記号が沢⼭使われています。強弱記号をただの数値的な記号(fが1だとしたらffが2といったように、、)としてしか捉えられなかったら、演奏は無味乾燥なものになるでしょう。楽譜を読むということは本当に難しいな、、と感じるばかりですが、そのf(フォルテ)は柔らかいf?硬いf?どんな⾊?どんな⾹りがして、どんな気持ちになる??想像したら果てしなくありますが、あと本番まで2ヶ⽉ほど曲と向き合って、私たちらしい演奏ができたら良いなと、思います。やや発声の話から脱線した気もしますが、、笑笑
 
そして、今年最後の練習ということで、前々から⽬標にしていた「BIN-NAM-MA」の通しをしました。本当に通した“だけ”です笑 今回はそれぞれのパート毎に練習する時間をとり、練習の最後には全員で合わせられるようにしました。まだまだこれからです。練習においてこの期⽇までに、これをできるようにする!という⼩さな⽬標はとても⼤事ですよね。とりあえず、年末までの⽬標は達成しました!!ただ、この曲を演奏するにあたり、ただ通せて良かった、みんなで歌えて楽しいといったことの更に先にやる事はたくさんあるのではないか?そのような次元(という⾔い⽅が正しいかは分かりませんが)よりもっと上で、どうやって曲を表現するかを考えていかなければならないのではないか?、、何故なら多くの⼈が亡くなっている背景が曲に込められているのだから。といったことが、練習後のミーティングで団員から挙がりました。この曲はベネズエラで起こった⼤洪⽔をもとにつくられましたが、私が1番に思い出したのは、今年の9⽉に、私の故郷千葉県を襲った台⾵です。幸い私の住んでいる市はあまり⼤した被害ではありませんでしたし、千葉県全体でも死者、負傷者数としてはベネズエラの洪⽔に⽐べれば、軽かった(?)のかも知れません。しかし多くの⼈の⽣活に被害をもたらしたことには変わりなく、⾃然災害の恐ろしさや⾃然を前にした時の⼈間の無⼒さを感じます。練習に疲れても帰る家があることや、スイッチを押せば電気がつくこと、蛇⼝を捻れば⽔がでることすら、当たり前に感じていますが、本当はもっと感謝すべきことなんだな、と、、
 
⽇誌が若⼲シリアス展開になりましたが、当たり前のことを⼤事にして感謝できる⼀年にします。(あ、新年の抱負です。気が早いですが笑)
今回はこの辺で終わりにしたいと思います。次回は1年⽣の今城さんにお願いします。皆さん良いお年をお迎えください!! 濱野  
12
December
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.027

はじめまして。4年声楽専攻の鈴木慧です。
もう12月中旬ですね。冬は私が好きな季節です。空気が冷たく、木々は枯れ、どこか物悲しげな雰囲気がありますが、クリスマスやお正月などの行事があり、気持ちは高揚します。また、寒ければ寒いほど、春への憧れが募る気がしています。冬は風が強くて、自転車が漕ぎづらいので、歩いて生活してみるのもおすすめです。新しい発見があるかもしれません。
 
進路の関係でよびごえをおやすみしていましたが、日誌は読むようにしていて、そこから学び、着想を得て、時には団員の姿を見て元気をもらっていました。いざ自分が書くとなると、とてもわくわくします。
創立当初と比べると、団員も増え、組織としても整ってきたよびごえ。これからも、団としてはもちろん、それぞれが思いを書くこの日誌も続いていくといいなぁと思っています。
 
さて、今回の練習はまず1年生の谷さんが発声練習を担当してくれました。今回取り組む「風紋」という曲には、5度音程で響かせる箇所が多いため、それを中心に彼女の工夫が散りばめられたものでした。低声パートが根音、高声パートが5度音を歌い、ばらばらに並び、響きが混ざるようにする、2.3人のグループをつくり5度音程でクレッシェンド、デクレッシェンドをグループ内で手の動きで示し、体現するというものでした。手の動きで示すという視覚化をすると、わかりやすいです。
グループによっては手の動きが何かの儀式のようでアイスブレイクになった、終始にこやかな発声練習でした。初めて担当してくれた谷さんに拍手です!
 
 続いて「BIN-NAM-MA(ビンナマ)」の練習です。ダンス経験者の松本さんを中心に振り付けの確認をしました。ビンナマは注訳がスペイン語、英語で書かれていて、団員一同大苦戦しています。私も英訳をしましたが、解釈が難しい箇所がありスッキリする答えがなかなか見つかりません。
作曲者はなぜこのような振り付けを入れたのだろう、なにを表しているのだろうと考え、1人に任せるのではなく、それぞれが考え、全員の表現が集まったよびごえオリジナルのビンナマが作り出せればと思います。
また、毎回の練習でここまではやるという小さな目標を設けて、本番という大きな目標を見据えたいものです。そして本番という目標の先には、より大きなものが待ち構えているのだろうと思います。結果も大切ですが、そこに至るまでの過程は、より大切にしていきたいとしみじみと感じています。
次回の練習では音と動きを伴った練習、「風紋」にも取り組みたいです。
松本さん、先導を切ってくれてありがとう!
 
 練習後のミーティングでは、全員が思ったことや感じたことを発言し、お互いに気遣いながらも伸び伸びとしていました。久しぶりに練習に参加した私を快く受け入れてくれた団員たちに感謝しています。
 

 
 春コンまでの練習回数をざっと数えるともうあと1桁です。私がよびごえとして活動できるのもそれまでだと思うと、自然と春コンに対する思い入れが強くなります。今年は難曲ですが、これだけ人数がいれば、それぞれの得意分野を活かし、意見を出し合い、能動的に動くと、今のよびごえにとって難曲ではないかもしれません。はやく曲を楽しみ、作曲者や作詩者の意図を汲めるようにしたいです。個人的な目標は1月頭の練習までに暗譜です。がんばります!
 
次のよびごえ日誌は、歌もピアノも楽器をなんでもできて、笑顔が素敵でみんなのアイドル!スーパーマルチプレイヤー濱野瑞貴にお願いしたいと思います。
 
皆さんお体にお気をつけてお過ごしください。それでは! 鈴木…
02
December
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.026

こんにちは。本日のよびごえ日誌はテノールパート4年の笛木和人がお届けします。
常連の皆様には初めまして。お邪魔します。さあ何を書こうかな。ワクワクしますね。随所に余談を散りばめておきますので、どうか最後まで読んでいってください。
 
まず簡単に私の自己紹介をしておきます。所属はB類音楽専攻声楽科。好きな食べ物はミラノ風ドリアです。よびごえには1年生の頃からお世話になっていますが、その頃のよびごえはまだできたてほやほやでしたから、ホームページに交代で日誌を書くという文化はおろか、団体としての役職や制度などもあやふやでした。その辺りも随分きちんと整えられたものです。小田さんには頭が上がりません。
 
気づけば師走に突入してしまいましたね。教師の卵たちも大忙しです。
何より厄介なのは寒さです。寒いので暖房を効かせますね。すると冷気はどんどん下に溜まるので足下は余計に寒く、暖気はその上を覆うので呼吸すれば喉はカラカラに。歌えやしない。「いい歌はいい空気から」ということで、本日のボイトレは稽古場の空気をかきまわすところからスタート。
 
雨乞いの如く繰り返し腕を上げ下げする団員たち。そして部屋中をうろうろと歩き回る。ついでに(?)発声もする。腕の上下に応じて声量に強弱をつけます。成程、声と身体表現を連動させ声量を可視化することでより自然に息をコントロールでき、無理なく声が流れていきますね。
 
いい感じに暖気と冷気が混ざってきたので、次は隣の人の声を聞く練習。隣の人の声量に合わせて自分のそれも同じくらいに調節します。これを一列に並んでやってみると、強弱の意思がまるでウェーブのように伝わって楽しいです。
 
今回のボイトレで感じた課題は、一人ひとりがもっと幅広い強弱を出せるといいね、ということでした。早い話が、持ち得る強弱の幅が表現力に直結するのです。無論、いくらfと指示が書いてあったとしても、パートとしてのバランスを欠いてしまってはお話になりませんけども。たとえばBIN-NAM-MAにはp,mp,mf,f,ff,fffの6段階に渡る強弱記号が存在します。正確にはpiù forteとpoco più forteを加えた8段階になりますし、さらに厳密にいえば声の強弱はデジタルではなくアナログですから、その間隙を埋める無数の強弱段階が在ることを私たちは知っています。
 
ふと、自分にはどれだけの引き出しがあるのか気になりました。たまには自分の限界を知っておくのもいいかもしれませんね。
 

 
さて本日の稽古はというと、機械的な音取りと演奏指示の確認という緻密な譜読みの一時間でした。
時折ものすごい不協和音が鳴り響いてびっくりしますが、楽譜をよく見るとどうやら合っているらしい。こんな感じで手探りで少しずつ進んでいきます。これがなんだか懐かしい感覚で、えも言われぬ面白さです。普段は接しないような異様な合唱曲に取り組んでいると「あ、よびごえだな」という正体不明の安心感に囚われます。もはや感動すら覚えます。
 
音取りが中心となるとあまり実況向きの内容ではないかと思いきや、一つ興味深い発見があったのでご紹介しましょう。
 
鍵盤ハーモニカ。
 
小学生の頃に触れた覚えがありますか?あれです。ピアノのように鍵盤楽器でありながら、息によって音色をコントロールするという特徴を持つため、歌うような旋律を奏でることができるのです。音取りの際「このように」と言って模倣させるだけなら、ピアノよりも優れていると言っても過言ではないでしょう。すごいでしょう鍵盤ハーモニカ。たまには押入れから引っ張り出してきませんか。シールとか貼ってあったら懐かしい気分に浸れると思いますよ。知りませんけど。
 
いかがでしたでしょうか。とりとめもないことで埋め尽くしたきらいもありますが、これで私のよびごえ日誌は終えようと思います。特に大したことは書いていませんね。それでも実に自分らしい文章が書けたと思います。私はそれだけで満足です。
 
次回は同期の4年生で同門の鈴木慧にお願いしようと思います。これからも朝晩はぐんと冷え込みますから、くれぐれもご自愛くださいね。それでは。 笛木…
14
November
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.025

こんにちは、B類声楽専攻一年の松本です。約一ヶ月ぶり二度目の登場です。
 
まずは小金井祭お疲れ様でした!皆さん、よびごえ以外にもたくさん出番を抱えていながらも、良い演奏ができたのではないでしょうか。私個人は反省点が多く満足はできていないのですが…ちなみに私は「お母さん」を実の母の前で歌いました。
 
発声練習は、一年生が音形や母音を決めて行いました。どんなことを達成して、そのためにどんな練習をするのか考えるのは大変なことだと改めて実感しました。高校までの合唱部では発声練習がワンパターンになりがちだったのですが、よびごえの稽古では毎回違うことをしています。よびごえの発声練習は必ず今後に活きてくると思っています。
 
今回からはついに!春こん。の稽古がスタートしました。
今年は「自然」をテーマに、こちらの二曲を選びました。
 
・混声合唱「風紋」より4.風紋 詞:岩谷時子 曲:石井歓
 
・BIN-NAM-MA(ビンナマ)曲:A.Grau
 
初回稽古ということで、風紋の音取りとビンナマの大まかな説明を行いました。
風紋はテンポを落として、正確な音とリズムで歌えることを目標に音取りを進めました。人数が少なく、女声2パートしかいませんでしたが、自分の声も周りの声もよく聞こえてきました。ソプラノとアルトは一緒に動くことが多いため、テンポを上げても今回と同じようなハーモニーを作れるよう練習したいと思います。
絶え間なく「風」という言葉が繰り返されますが、それぞれどんな風なんだろうと考えながら歌っていました。楽譜を見るだけでもひとつの風を感じることができます。これから稽古を重ねて、どんな風を吹かせることができるのか、とても楽しみです。
 
ビンナマには踊りを伴う箇所があり、その振り写しや動きの確認を担当している関係で、説明は私がさせていただきました。注釈がすべて英語で書かれているため、説明にはかなり苦労しました。(拙い説明を温かく聞いてくださった皆さんありがとうございます!)
踊りも一通りやってみましたが、私を含め、かなり苦戦していました。これを歌いながらやるのか…という心の声が聞こえるようでした。
 
実は、ビンナマという曲が完璧に演奏されたことはないと言われています。Web上にある動画をいくつか確認しましたが、全く同じ動きをする合唱団は二つとないのです。注釈には書かれていないアレンジを加えている団が多いです。振り写しの準備を少しずつ進めていますが、正直なところ動画はあまり参考になりません。しばらくは注釈に書いてあることだけをしようと思っています。
言ってみれば、楽譜に忠実に演奏するだけでもよびごえオリジナルのものになってしまうんですね。そう考えると少しだけ楽しくなってくるのは私だけでしょうか?
人生でここまでの難曲に取り組むことはそうないと思います。今はただ不安でいっぱいですが、この曲を乗り越えたら何も怖くなくなるはずです。地道に頑張りましょう!よろしくお願いします。
 
今回は稽古時の写真がないので、関係のない写真で恐縮ですが、こちらを載せます。
 

 
一年生7人で打ち上げをしました!小金井祭ではよびごえ全体の本番とは別に音楽科一年生の演奏カフェで二曲歌いました。みんなのリクエストで焼き肉食べ放題です。ほとんどノンストップで食べて話した90分でした。話題はやはり合唱のことばかりでした。
「春こんも頑張って、また美味しいご飯を食べよう」と約束しました。一年生はまだまだ成長します!
 
一気に冷えこんだせいで、体調を崩す人が増えています。皆さんお気をつけて…
次の日誌は、春こんからよびごえに復帰される四年生の笛木さんにお願いします!お楽しみに! 松本…
04
November
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.024

こんにちは!B類1年ソプラノパートの神谷咲妃です。
今回は11月2日から4日にかけて開催された東京学芸大学の学祭“小金井祭”について書き留めたいと思います。小金井祭では音楽科でコンサートを催しているのですが、今回はコンサート最終日の大トリで『美しい訣れの朝』より「3.お母さん」、「知るや君」の2曲を歌わせて頂きました。
 

 
前回の合唱祭での本番とは違い、学内の知り合いや家族など身内を主としたお客さんの中で歌うのはより一層緊張感がありました。
お母さんの死への恐怖感を伝えるにはどうしたら良いのか、それとは正反対とも思われる「知るや君」の美しい自然の風景を誰かに伝えたいという詩を最大限引き出すにはどうしたら良いのか。曲を読み始めてから3ヶ月ほどに渡って歌ってきた私たちが曲から受けた感動、恐怖をダイレクトに聴衆に伝えるためには、どうすれば良いのか。今までの練習で何度も話し合ってきました。曲想、歌い方に関しては練習、リハーサルで準備万端でした。では本番という練習にはない様々な要素をどう曲に活かせるでしょうか。本番直前のミーティングで小田さんからヒントを頂きました。まず入場での歩き方、表情。1曲目にお母さんを歌うのなら、微笑ましく登場するのでは恐怖の世界観は作れません。歩き方も背筋を伸ばして緊張感を持った方がより張り詰めた空気を作れると思います。そして曲間。張り詰めた空気か暖かで穏やかな空気に変える。表情を柔らかくしたり、身体の力を一度抜いてみたり…。それぞれの方法で美しい自然の風景について歌う準備をしました。
 
こんなに本番に向けて曲想の入念の練り込みができるということはとても幸せなことです。普段の学校生活では目まぐるしく本番がやってくるので、なかなか準備万端な状態では迎えられず、後悔することもしばしばあります。そんな中でこのよびごえでの活動は技術面から曲想の練り込み、表現方法の追求までしっかり出来るのはとても勉強になるし、他の本番にも活かしたいと毎回思わされます。
次の本番は春こんです。BIN-NAM-MAと風紋、どちらも難しそうで特にBIN-NAM-MAは特殊奏法がいくつかあり譜読みから怖気付いていますが、また次の目標に向かって頑張っていきたいと思います。
小金井祭に来てくださった皆さまありがとうございました。
 
次回のよびごえ日誌は、よびごえ1年生唯一の声楽専攻の松本夏実ちゃんにお願いしようと思います! 神谷…
31
October
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.023

こんにちは、名嘉眞です。学芸大学は、学園祭でにぎわっています。音楽科でも、毎年恒例小金井祭コンサートが開かれ、私たちの出番もいよいよ明日となりました。
 
今回は、本番直前の稽古ということで、歌をうたう前のスイッチの入れ方がメインとなりました。というのも、本番では、場所、隊形、緊張状態など、いつもと違うことが起こります。またこれは、個人の問題ではなく、私たちが合唱という集団芸術のかたちである以上、お互いに影響しあいます。本番特有の緊張や興奮状態の中でしか生まれない、熱い演奏も、本番の楽しみではあります。しかし一方で、曲が常に持っている熱量や世界観を、着実に再生していくための仕掛けとして、スイッチが必要です。
 
今回初めに曲を通した時、何か全然まとまらなかったな、という印象でした。同じベクトルに向いているはずなのに、集団だからこそ生まれる、音楽の大きなうねりが感じられません。いつもと隊形が違うことで、聞こえ方が変わり、曲に集中することよりも、周辺の環境に気を配りすぎるがあまり、私たち個人が硬直してしまい、結果的に音楽が硬直してしまいました。小田さんからその後、「死生観」についての話があったり、曲のイメージを音楽的要素と詩から再統合することで、みんなの中の音楽が潤いを取り戻しはじめ、だんだんと動いてきました。個人の状態も安定し、音楽と向き合う情緒的な基盤が作られて、ようやく曲と一体となることができるのだと知りました。
 
実は、今回の稽古には美術科からスペシャルゲストが4人来てくれました!たった二時間で音楽がどんどん変容していくのが面白かった。音楽を通して、自分と向き合うことができた。音楽をするという行為は、究極の鑑賞だと思った。など、私たちでは発見することのできない、美術科ならではの視点もあり、お互いにとって有意義な時間となったのではないでしょうか。学芸大学には各教科のオタク…ではなく、専門家がたくさんいます。自分の領域に熱中するがあまり、他学科との交流は少なくなりがちですが、よびごえが鎖国することなく、開かれた空間であってほしいな、というのが、1つわたしの願望であったりもします。
 

 
ここからは美術科のみなさんのお話を受けて、お話しします。私たちは、演奏することを通して、自分の中に他者を生み出します。曲と初めて向き合ったとき、楽譜は他者です。しかし、練習を重ね、曲と向き合う時間が増え、曲を理解するということが、いつの間にか、曲に描かれた、他者を理解するという行為になります。他者理解をしたうえで、表現というアウトプットの行為に及んだ時、自分の中に他者が生まれるのです。そして、身体の中から出てきた演奏は、自分でもなく他者でもない、入り交じった第三者となって、聞き手の耳に届きます。『究極の鑑賞』というのは、音楽そのものを鑑賞することだけでなく、自分自身の鑑賞という意味にもなるかもしれません。聞き手のみなさんの中に何かを残せる演奏ができるよう、真心を込めて演奏したいと思います。
 
次回のよびごえ日誌は、小金井祭でよびごえとしての初舞台を迎える、一年生の1人、神谷咲妃さんにお願いします!
 
それでは、4日16時音楽ホールにて、お会いしましょう! 名嘉眞…
21
October
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.022

こんにちは、中島菜々子です。
小金井祭を2週間後に控え、今回は途中でリハーサルを含めた練習となりました。
 
最初の20分間は、いつものように発声をしました。今日は、いつもより少し広い場所をいっぱいに使い、散らばって皆で歌いました。自分の周りの狭い範囲だけにとどまらず、広げることで、隣の人と離れていても一体感を持って歌うことができました。
 
リハーサル前の練習では、「お母さん」の細かい部分の修正を行いました。上手くいかない部分がでてきたときに、すぐに他のメンバーから、「ここはどういうことを表現したいのか」という問いがあげられました。常に表現したいことを持って、そのためにはどういった技術が必要なのか、というプロセスを考えられることができるのは、本当に大切なことだと思いました。
 
リハーサルを終えた後の練習では、会場での響き方に合わせて調節を行いました。私がこのとき言われて印象に残ったのは、「相手に伝えられなかったら圧倒的な失敗である」ということです。普段個人で演奏するときも忘れがちなことで、どうしても目先の技術的な失敗を恐れて、相手に伝えようとする意識が薄れてしまうのです。もちろん技術を高めることは必要です。しかし、その大元の目的が「伝える」ことであることを常に念頭に置いておかなければならないと改めて感じました。
 

 
本番まであと少しです。雨ばかりで鬱になりそうですが頑張ります!!
次回のよびごえ日誌は、私たちの先輩、國元先輩にお願いしたいと思います!
  中島…
15
October
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.021

こんにちは。3年作曲専攻の森本侑花です。
今日は、台風の影響でいつもと違う場所で行いました。しかし稽古のあと新歓行事があるのもあってか参加人数が多く、パート練習や「知るや君」の合唱をより充実した形で行えました。
 
私事ですが自分は9月の終わりによびごえに入ってからまだ間も無く、勿論はじめての日誌で、きっと拙い文章になると思いますがよろしくお願いします。
 
パート練習は、「知るや君」をパートに分かれて①自分たちだけで練習②小田さんとの練習 をローテーションする形で行いました。
実は前回の稽古のミーティングで、「パート練習が楽しく意味のあるものにするにはどうすればよいか」という話題がでましたが、今回のパート練習では、その解決案のひとつとして「目的・目標を持ちながら行う」ということができました。
私のパートであるアルトⅡは、「何回も出てくる「知るや君」という歌詞の”や”の発音のニュアンス(i-aの鋭さや柔らかさ)を各箇所どうするかパートの考えをまとめる」ということを行いました。パート練習が少人数なのもあり全員でよく意見を交わすことができました。音取りのパート練習とはまた違う、その次の段階のパート練習を行うことができ、とても楽しく意味のあるものになったのではないかと思います。
 
合唱練習は、「知るや君」を行い、今日から楽譜に書いてあることよりも1歩先のことについて取り組み始めました。「知るや君」は、楽譜に強弱や速さ、発想などの指示や、曲の性質上(フーガ形式であること、カデンツが多いこと、後半曲調がかわること、など)気をつけるべきポイントが多く設けられており、今まではその点について詳しく取り組んでいました。しかし今日から、それをふまえて「自分たちはどう歌いたいか」について考え始めました。
今日は主に前半のヴォカリーゼの部分について考えました。しかし小田さんから「どう歌いたいか」を問われた時、私たちは、殆ど意見を発することが出来ませんでした。そこで、小田さんがご自身の言葉で2択に絞るなとして誘導してくださいました。何回かそれを繰り返した結果、イメージが大体まとまりました(明るめ、静かめ、内なるエネルギーがある、など)。そのあと歌うと、まだ不完全なものの、以前より歌に命が吹き込まれたような印象になりました。
 

 
合唱をする際には、全員が全く同じ情景を思うとまではいかなくとも、全員が「同じベクトル」で歌うとよりまとまりが生まれるはずだ、という考え方のもと取り組みましたが、やはり「イメージを言葉にすること」の難しさに直面した取り組みでもありました。今日のミーティングでは、そのことについて多く触れられました。
私たちは教育学部の学生であり、今後もし先生になった際はそのように言葉を使って音楽のイメージをまとめるという場面が何回もあるはずです。不安になった反面、このよびごえの活動はこのことについて研鑽する良い機会だと思いました。
 
今日のミーティングで私は、今日新歓があるのもあり、よびごえに入った理由や音楽への思いを話しました。そのせいで新歓の時間が遅れたほど長めに熱く語ってしまったのですが、言葉をまとめるのが苦手な私が日誌で取り上げるとそれこそ大大大長文になってしまうので、今後よびごえ日誌を担当できた時に小出しにできたらなあと思います。(笑)
 
次は2年生の中島菜々子さんにお願いしようかなと思います! 森本…
10
October
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.020

こんにちは。佐藤花音です。
ちょうど20回目のよびごえ日誌です。それぞれの様々な思いがつまった20回ですね。振り返って読んでいて楽しいです
 

 
今日は最初の15分発声をして、パート練習を40分ぐらい、残りの時間で全体の練習をしました。
今日の発声は、諸事情により、いつもと違う部屋で行いました。いつもより狭い部屋だったため、音が自然と空間に満ちており、聞こえ方が全く違いました。場所が違うだけで、こうも聞こえ方が違うのか、と思いました。練習している部屋の響きと本番歌う場所の響きはほとんどの場合異なるということですよね。念頭においておきたいと改めて思いました。
最初の発声の時間、2回に1回ぐらい前で進めさせていただいていますが、本当に学びがたくさんあります。考えて、試して、再考して、うまくいかなくて困っていることは相談にのっていただいてという場が本当にありがたいと感じます。自分自身の思考量と思考スピードの足りなさを切実になんとかしたいです…
 
続いてのパート練習は、『お母さん』のソプラノ・メゾとアルトに分かれて行いました。ソプラノ・メゾは、最初に音程等の確認をして、次に1人が詩を音読して、その音読したとおりにみんなで歌にしてみる、というのをしました。3人音読して、3パターン歌いました。結果的に3パターンそれぞれ全く違ったものになりました。同じ曲を歌っていてもこんなに違うものになるというのは不思議です。歌ったあとに、何をどう変えたのか、を発表しました。最後に「詩」だけをみるとそれぞれ全く違ったものになるけれど、曲を歌うときには、音楽からの側面にも注目したいということを確認しました。
 
全体での練習では、まず『知るや君』をしました。最初に通したのですが、あちらこちらがあぁぁあという感じで、うまくいってないように感じました。その後、音程が決まったことを体で感じること、強弱と音程の関係、音ひとつひとつではなく流れの中でとらえること、pで歌ってみる等のアドバイスをいただいて最初の3小節のみ練習しました。
次に『お母さん』です。ピアノと合わせるのは本日が2回目でした。音程の確認と、時間はずらさず書いてあることに忠実に演奏するなど、中田喜直が書いた作品であるという視点からの確認をしました。ピアノが入るとガラッと情報が増える感じがします。去年1年間が無伴奏の曲だけだったので、すごく新鮮です。
小金井祭までの練習回数も意外と少なくなってきたので、自分でできることは進めていけたらいいなと思います。暗譜頑張ります。
 
最後のミーティングは今日練習した2曲について、春こんについて、パート練習について、音楽の捉え方、などいろいろ挙がっていました。
パート練習については、中学の合唱コンクールのパート練習がパターン化していて楽しくなかった、中身があって演奏の上達につながるパート練習がしたい、楽しくパート練習がしたいけれどどうしたらいいか、など様々ありました。(そういえば、今年になってからよびごえでパート練習をしたのはおそらくこの日が初めてでした。変化があるとそこに意識が向くものなんだなぁ、と思いました。)少人数であることをいかしてパート練習ができたらいいなぁと思いつつ、でもそれってどうしたらいいのですかね。人数が減ると不安や緊張も生じますし。人数が少ないという普段とは違う関係性の中でバランスよく進めるにはどうしたらよいのだろう、と思います。
今校内の合唱コンクールの練習期間中の妹に「パート練習って難しくない?」と聞いたら、「基本的なことができているから、難しいと感じるんだよ。○○ちゃんたち(妹の名)は、基本的なことをやるから、難しいとは思わないよ。」と。「でも、同じこと繰り返していると、楽しくなくなってこない?」と聞くと、「繰り返してだんだん出来るようになっていくから楽しいんだよ」と。純粋。なんだかとても大切なことを妹に教えてもらった気がします。
 
次回、夏休み最後のよびごえ日誌は、森本侑花さんにお願いしようと思います! 佐藤…
07
October
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.019

こんにちは!初めまして、A類音楽科2年の伊藤真緒です。
最近だんだんと涼しくなってきて、秋を感じる頃となりました。私は秋風を肌に感じると、なぜだか寂しい気持ちになるのですが、秋といったら芸術の秋、スポーツの秋、食欲の秋・・・楽しみなことも沢山ありますね(^^)学芸大生の皆さんは、残りわずかの夏休み(もはや秋休み)を楽しみましょう!!!
 
さて、今日の練習についてお話していきたいと思います。
 
この日は、いつも興味深いアイデアで発声練習を担当してくれる花音さんの発声から始まりました。今日は「ハミングからア母音につなげよう」という内容で、mのハミング→nのハミング→アー といった順番で発声を行いました。ハミングをした時の響きの感覚と、息の使い方をかなり意識しながら母音につなげていきました。花音さんの意図した結果かはわかりませんが、いつもよりも結果的に声がまとまった!という意見がありました。確か前々回に、「肉声を揃える」「響きを揃える」という話が出たと思うのですが、「響きを揃える」という点でハミングは使える手の一つかもしれませんね。
 
次に、井出さんを中心として「知るや君」を練習しました。
そういえば!今日はなんとソプラノが一人もいないという珍しいパート構成だったのです!!いつもと違う和声感や響きを聴きながらも、ソプラノのメロディを自分なりに思い浮かべながら歌い深めていきました。
まず、井出さんがこの曲と同じ歌詞で映像(絵)がついている「知るや君」の動画を引っ張り出してきたので、それを全員で見ました。NHK番組「シャキーン」で流れていたものです。
 

 
映像を見て、「私の歌詞解釈と、映像の絵がほとんど合っていた」「相澤さんの曲は『知るや君』と次の歌詞が重なりながらメロディが進むけど、この曲は一連ごとに『知るや君』で完結しているね」等の意見が挙がりました。私は小学生の時、この曲を学校に行く前に聴いていたのですごく懐かしい気持ちになりました(笑) 
 
そして、前回の歌詞解釈、また先ほど見た映像や自分のイメージをどうやって曲に反映するのかをパートごとに考えていきました。人の考えを聴くことができる充実した時間で、私はいつもわくわくしながら意見を共有し合うのですが、パート内で話し合うだけでもかなりの時間がかかります。私が所属するAltoⅠでは、詩の連ごとに単調に歌うのかドラマチックに歌うのかを分けてみた、歌詞ごとに声の質を変えてみた(上澄みっぽい声なのか深めなのか)、後半に向かって音量を盛り上げた、言葉の入りだけでなく処理はどうしたらよいかな?という意見が出ました。
その後、パートで話し合ったことを全員で共有せずにそのまま曲を歌ったことで、伝えたいことが表現できている部分と、何がやりたいか分からない部分というのが浮き彫りになりました。このような話し合いの後はパートごとに発表する、というのが一般的なプロセスだと思っていたのですが、あえて発表しないことで他パートがどう表現しているか・何を変えたのかを歌いながら意識して耳で感じることができました。新しい発見!
 
続いて「お母さん」の初伴奏合わせをしました。指揮がないこともあり、合わない部分はありましたが、今までよりも曲の全体像が見えましたし、特に痛みや苦しみがよりリアルに感じられました。しかし、逆に伴奏がない前半の部分が最大の課題だと思います。
小金井祭まであと一か月もないという事実に焦りを感じているのですが、本番までにどれだけこの曲を深められ、本番でどう観客に伝わるのかという点では楽しみでもあります。今日の練習で歌いながら違和感を持ったところや、上手く発音できなかったところがあったので(「ほ」「ふ」の発音って難しくないですか?)、団での練習以外でも自分にできることを見つけて詰めていきたいです。
 
こうやって日誌を書くと、よびごえでの2時間は密度が高いものだなぁと実感します。私は小学生の時から日常生活で日記をつける習慣があるのですが、人に見られるものだと思って書くと、日誌って難しいですね…。
 

 
今日の集合写真は、セルフタイマーで撮ってみました。特に意味はありません。次回のよびごえ日誌は、二回目の登場である佐藤かのんさんにお願いしたいと思います!次回もお楽しみに~☆ 伊藤…
04
October
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.018

学芸の木々は少しずつ黄金色になり、秋もすぐそこへと近づいてきました。なんと、学芸大学は未だ絶賛夏休み中でございます!私も教育実習に行ってまいりしたので、前回の稽古では約二か月ぶりにみんなと会うことができました。久しぶりに会うと、なんだか、みんなの顔つきが大人になっていました!大学院オペラに参加したり、帰郷して友達に会ったり、一人一人充実したいい刺激のある夏休みになったのかな。
 

 
さて、本日のよびごえでは、島崎藤村作詞、相澤直人作曲の『知るや君』を中心に稽古を進めました。
 
前半は、國元さんによる音楽稽古です。曲自体は2分弱ですが、スケールが大きく、オーケストラ的な響きを連想させます。この曲を16人で奏でるのには、豊かな響きと繊細な表現力が必要です。パートが重なる箇所の、語頭の発音をそろえたり、フレージングを試行錯誤したり。かと思えば、表現に熱中するがあまり、発声が崩れると、あれここの音程が違う…と一進一退です。おそらく、この試練の時間は、長く私たちについてくるのですが、この時間を無くして納得のいく演奏ができたことは、経験上一度もありません。急がば回れで、丁寧に進めることが、後々活きてくるのかもしれません。
 
 後半は、歌詞の解釈へと広がりました。佐藤さんの案で、パートごとに分かれて、歌詞について話し合いました。古文で書かれた歌詞を解釈するのには、時間がかかります。「一連からはじまり、最後に向けてだんだんと恋心が分かりやすく表れてくる。」「隠れてひそかに存在するものと、自身の隠れた恋心をかけている。」「もしかして告白がなかなかできないような人なのかな。」「『あやめ』は植物でもあるけど、『あやめもしらぬ』で『見分けもつかない』という意味になるので、ここは見分けもつかないくらい暗い夜となって、恋心の筋道が分からない様子を表しているのでは。」等、インテリな時間になりました。これらを踏まえ、一度曲に返ると、少し見えてくる景色が変わりました。冒頭のヴォカリーゼにかかる強弱記号の幅はどの程度なのか、全ての連に共通する『知るや君』はひとつずつどのように演奏されるべきか、どうして最後の連に当たる箇所は転調しtuttiになるのか、曲の骨格が以前よりはっきり見えてきました。
 
 音形やハーモニーだけにとらわれすぎると、歌詞を越えたオーバーな解釈をしてしまう時もあります。また、歌詞だけにのめり込むと、聞き手に伝わらない自己満足な音楽になってしまうこともあります。演奏時に一番バランスの取れる立ち位置を探すのに、私も毎回苦戦します。より多角的に曲を捉えることによって、自分自身と曲のバランスも自ずと取れていくのかもしれません。私たちはよく、歌詞と音楽の大きな二面だけで曲を分析していますが、もしかしたらもっと細かく分解することができるかもしれませんね。どこから曲を見るか、視点絶賛募集中です。
 
 ミーティングでは、「『情景を思い浮かべながら歌ってみよう』って音楽の授業でよくあるけど、はたして情景を思い浮かべることって曲に直接的な影響を与えるのかな。それを演奏に還元してこそ意味を成すのでは。」という、なんとも教育学部にぴったりな意見が出ました。まず、情景とは何ぞや。三省堂国語辞典第七班によれば、「事件やその場所などの、ありさま。」とのことです。面倒くさい性格でして、「ありさま」も調べました。「ものごとがどのようなものであるか、というようす。」だそうです。現在よびごえで取り組んでいる『知るや君』と『お母さん』の情景は、明らかに違う世界観を持っています。個人的な直感ですが、『知るや君』は青々しいにおいがするのに比べ、『お母さん』では線香のような何かが焼けるにおいがします。前回の『お母さん』の稽古で、「原爆を思い出す」との意見が出ましたが、これは私が感じる何かが焼けるにおいと共通する部分がありますね。歌詞と音楽が相互に影響しあって、私たちになにかしらの情景を連想させることは間違いありません。さて、どの部分がどんな情景をなぜ感じさせるのか、それと向き合うことができれば、私たちはどう演奏したいのか、自然と見つけ出すことができると思います。濃い芸術の秋になりそうですね。みなさんは、『知るや君』どんな情景を思い浮かべるでしょうか。最後に歌詞を残しておきたいと思います。
 
 次回のよびごえ日誌は、歌もピアノもホルンもできる!マルチな伊藤さんに頼みたいと思います!実は彼女とは、なが~い付き合いで、中学生の時には隣でホルンを吹いていました。来週のよびごえ日誌もお楽しみに! 名嘉眞 「知るや君」(『若菜集』より)
        島崎藤村
 
こゝろもあらぬ秋鳥の
聲にもれくる一ふしを
        知るや君
 
深くも澄める朝潮の
底にかくるゝ眞珠を
        知るや君
 
あやめもしらぬやみの夜に
靜にうごく星くづを
        知るや君
 
まだ弾きも見ぬをとめごの
胸にひそめる琴の音を
        知るや君…
01
October
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.017

はじめまして!1B声楽専攻の松本夏実です。
こういった長い文章を書くのは得意ではなく、ずっと「日誌回ってきてほしくないな~」と思っていたのですが、いざ回ってくると書きたいことがたくさん出てきました。なるべく簡潔に書くよう努めます。
 
花音さんの発声練習からスタートしました。まずは肩甲骨をほぐすストレッチ。(私の肩は毎回ゴリゴリと良い音を立てるのですが、これって大丈夫なのでしょうか)
そして、a母音を使って今日の自分の声の確認。私は、自分の身体から声がうまく出て行っていないような気持ち悪さを感じながら歌っていました。
「考えすぎて、みんなから自由が奪われているような気がする」という花音さんの感想から、次は部屋を歩き回り、すれ違った人に会釈するという条件をつけて、同じ音形で歌ってみました。このときの皆さんの笑顔がすごく素敵だったのが印象に残っています。それに伴って良い声が出ていたのではないでしょうか?
 

 
最後は数人が発声練習を聴いて感想を述べる、という活動をしました。その中で最も多く出た意見が「歌っているときはわからないけれど、外に出てみるとみんなの声にばらつきがある」というものでした。それぞれの持つ声の質が違うのは当たり前のことですが、合唱ではそれをタブーとする場合が多いと感じます。少なくとも、私が今まで経験した合唱のほとんどがそのような方針をとっていました。
「肉声ではなく響きの統一を目指すべきではないか」という意見もありました。声が揃えられないのなら…ほかに揃えられるものがあるとしたら、やはり口の開け方や鳴らす位置なのだと思います。体のかたちにも個人差があるので、それもまた限界がありますが。
小田さんからもお話がありましたが、発声練習の20分間というのは、曲からは切り離された一人一人の本来の声を聴く貴重な時間です。『よびごえらしい声』とはどんな声なのか、これからのよびごえがどんな合唱団になっていくのか、私にはまだ見当がつきませんが、稽古を重ねる中でヒントを探っていきたいです。よびごえの未来がとても楽しみです。
 
今日のメインは「お母さん」の解釈を詰めることでした。言葉の意味はだいたい分かるけれど、どのような物語が展開されているかが掴みにくいこの曲。この歌詞に登場する『わたし』『お母さん』は何歳くらいなのか、なぜ母の名前を呼ぶのが「恥ずかしい」のか、等々、多くの疑問が生まれます。疑問点は楽譜の上にもあります。例えば、19ページ2段目はなぜmpで歌わなければならないのか。これには「お母さんが去っていくことにうろたえている」など興味深い意見が出てきましたが、私の中ではまだしっくり来ておりません。次回以降で何か見つかればいいのですが。
 
長くなりそうなのですが、備忘録としてここに私なりの詩の解釈を載せておきます。次に日誌を書くのは、きっと次の目標に向かって練習をしている頃だと思いますので…
 
ミーティングでも少しお話しましたが詩の中の『わたし』(以下『』省略)は母の着物の匂いを嗅いだあと眠りに落ちてしまったのだと想像します。熟睡ではなく、うたた寝くらいの浅さです。浅い眠りのときにはよく夢を見ると言われていますよね。「何十年もむかし こんな風に臥ていた日」からは、わたしはまさに母の夢を見ていると思うのです。夢の中で生前の母と再会し、安心したのもつかの間、実際に起きたのと同じように母は何らかの理由でわたしの元から去ってしまう。その次は「痛い」「苦しい」とあるから、戦火の中での別れだったのでしょうか?それとも、ここからは現実のわたしと夢の中の幼いわたしが混ざって、現実の苦しみが夢にまで出てきているのでしょうか。「冷たいお茶がほしい」「夜はいや 朝にして」という口調から、わたしは完全に幼い頃に戻って母に甘えています。「どこへも行っちゃいや」でわたしの悲痛な願いは最も強くなりますが、ここで夢は醒めてしまいます。そのあとのピアノが、母がもういないことの絶望を表している…ここまでが、解釈と呼べるかわからないほどの解釈(仮)です。まだ分からないこと、腑に落ちないことはたくさんあります。
 
今回、詩から何かを感じ取ることはできたわけですが、それを自分でどう歌唱に反映させるかが難しいところです。演奏者が曲から何か感じていても、それが演奏に変化をもたらさなければ、意味がない…この日一番、心に刺さったひとことでした。
 
目には見えないが、確かにそこに存在するもの(≒詩の世界)を想像するという活動は、とても楽しい時間でした。こうした歌詞読みの活動は今まで何度も行ってきましたが、そのたびに、人は見えているものよりも見えないものに心惹かれる傾向にあるのかなと思います。
サン=テグジュペリの代表作『星の王子様』にも「本当に大切なものは、目には見えないんだよ」という台詞があります。私はこの台詞が好きで、初めて読んだときは軽い衝撃を受けたものです。しかし、人はいつから見えないものの重要性に気づき、光を当てようとしてきたのでしょう。私がこの台詞にハッとさせられるのは、目に見えているものがすべてではない、目に見えないものこそが大事だという教訓が浸透した現代に生きているからなのかもしれません。
 
…話がかなり逸れてしまいましたね。
 
小金井祭で演奏予定のもうひとつの曲「知るや君」も、目に見えない大切なものを描いています。「恋」を「琴の音」と言い換えるなんて、なんて素敵なのでしょう。島崎藤村の情感溢れる詩にときめきながら、転調後の盛り上がりを楽しんでいます。私はアルトのセカンドを歌っているのですが、このパートは全体を通してカデンツの役割を持っています。曲のカギになる音がたくさん散りばめられており、アルトであることの喜びを歌うたびにかみしめています。相澤直人先生の作品って、アルトが美味しいものが多い気がしませんか?私は低いEsがあまり鳴らず苦戦していますが、もっと全体を意識しながらより良い演奏ができるよう努力します!次回の稽古はこちらの解釈の詰めです。頑張ります。
 

 
この日の集合写真は、なんといっても人が多い!密度が高い!夏休み中はたった6人での稽古もあったので、これだけの人数で歌えて嬉しかったです。最近のよびごえは写真に面白さを求めています。今回はあえて真顔で撮ってみました(何人か堪えきれずに笑ってしまっていますが)。よびごえには真面目な人が多いので、ゆっくり少しずつ弾けていきましょう。
 
次の日誌は、しーずーさんにお願いします!(^O^) 松本…
27
September
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.016

B類音楽専攻3年の井出です。
数日前に3週間の教育実習が終わり、よびごえの活動に戻ってきました。
 
今日は私が発声を担当しました。数日前まで元気な中学生の歌声を聞いていたせいか、今日参加していたメンバーの声は深くて、個性が出ていて、でも揃っている、そんなオトナな声を久しぶりに聞き、その違いに衝撃を受けました(無論、どちらが良い、悪いといった次元の話ではありません)。あ、戻ってきたな、と感じましたし、今ここに存在する学習の場に感謝しなくては、と思いました。
 
今日の稽古では、前半に「知るや君」、後半に「お母さん」を行いました。
実習や長期休みでブランクのあるメンバーもいましたので、音の確認をしつつ何度か歌いました。特に「知るや君」に関しては私自身、初合わせでした。恥ずかしながら前日に音取りをしたもので、小田さんのピアノに導かれ、「こんな音が鳴るのか」と密かに感動しておりました。同じ学科に所属しているコントラバスを弾く彼から、オーケストラの初回合わせはほぼ初見で、更には参考音源をも聴かずに挑む、と聞いたことがあります。他パートのいわゆる「オイシイ」フレーズなどをその場で見聞きして、曲の理解を深めていくのが好き、だとか。今日の「知るや君」の練習は、私にとってはそれと似たような機会であったと思います。また、聞くポイント、歌うときに意識するポイントは提示がありましたが、いかに他パートの音に耳を向けるか、またその各パートの主張を聞いた結果、自分がどのように歌うべきかを瞬時に判断し演奏に活かす訓練だったと思っています。
 
「知るや君」の中で用いられているフーガの技法、主題の変奏の数について議論もしましたね。主題の変奏を楽譜から探す作業は個人的に楽しい時間でした。この時は楽譜を一つの絵画的な作品として見ていたわけです。所詮楽譜も記号の集まり、と言われれば確かにその通りですが、それを演奏すると音楽に変わります。演奏者が楽譜に真摯に向き合うことは、その楽譜を聴く側に伝えるという点で大切なことです。ここ、よびごえで学んでいるのは、「楽譜から作曲者の意図を読み取る術、その意図を明確に表現する術」だと思っています。これは一つとは限りません。和声的視点なのか、発声の問題なのか、音響学的?、はたまた美学的?なのかはその曲、その場合によりけりですが、今後私たちが一人で楽譜と向き合ったときに、ここで学んだ何かが役に立つのではないかと考えながら学習しています(この気持ちが大学1年のときからあれば、と後悔しています。今思えば、様々な意見が出ていたのにも関わらず、それらを受容できずにいました)。
 


 
「お母さん」の稽古では、中間部の雰囲気の変化をいかに表現するかという内容が主でした。日誌を見返してみると、7月の末に「恐怖にを表すためにどのような要素が必要だろうか」とパートごとに検討をしていました。それら要素が楽譜の中にたくさん隠れていることは分かりました。私たちは「音」という表現技法をもっています。徐々に恐怖を喚起させるために、どのように音を変化させれば伝わるのかを考え、練習を重ねました。用いる技術を整理したことで、明らかに変化したと思う瞬間もありましたし、また何か変化させようと努力している姿が印象的でした。変化させるには頭とエネルギーを使いますね。
 
さて、そろそろ稽古冒頭の発声練習を1年生にもお願いしたいなと思っています。あの時間は、自分が思うなぜ?どうして?を皆で試せる時間だと思っています。少なからず緊張します。ですが自分が何を大切にして発声練習を行っているか、この合唱団にとって必要なことは何かを考えるきっかけになると思いますのでぜひ。
 
実習についてはまたどこかでお話させてください。
次回の日誌は松本夏美さんにお願いしようと思います。 井出…
23
September
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.015

初めまして。A類音楽選修2年の小金澤萌花です。
何を書いたらいいんだろう、と過去のよびごえ日誌をさかのぼりましたが、皆さん内容を詳しく真面目に書いていらして、少々困惑しております。
 
この日も花音さん担当の発声からスタートしました。
初めに好きなように歩き回ってみて、好きなところで立ち止まり、そこで声を出していくものでしたが、皆だいたい自分の席に近いところに立っていて、日本人だな、と思いました(笑)。pで発声することから始め、コントロールを身につけるというもので、実は管楽器でもそのような基礎練習は存在するので、声と管楽器の共通点のようなものを感じ、面白いと思いました。ただ個人的には、朝イチだったので、その発声練習のみですとあまり声が出ないまま曲の稽古に突入してしまいました。私は朝に弱いです。次は発声してから発声に臨みたいと思います。
 
今回も稽古した曲は、「お母さん」と「知るや君」の2曲でした。小金井祭で演奏する予定の曲ですね。
各パートの個人的な音取りはだいたい済んだので、他パートとの音程のかかわりや場面にあった歌い方などの、少し進んだ内容に取り組むことができました。
今回考えてみたのは、「お母さん」の冒頭に書かれている、『語るように』という指示についてです。『語るように』とは具体的に何をしているのか、『語るように』を達成するために何を意識するのかを考えました。
(下ブ画像をご参照ください。)
自分がやったことのなかった、頭の中で漢字に変換する(楽譜はすべてひらがななので)という方法も出て、驚きました。
『語るように』というのは抽象的な指示ですね。また、この指示を達成するために、音ではなく歌詞の作用について考えてみたいと感じました。
よびごえに1年生が入団してくれたことで、夏の東京都合唱祭から女声合唱という新体制になりました。私のパートはアルトなので一番下です。
普段はフルートで高音のメロディを演奏することが多いので、経験のない低音パートの動きにワクワクしています。しかも今回小金井祭で演奏する「知るや君」の最低音はE♭3という女声の範疇を超える超低音です。地声がとても低いことに定評がある私の出番が来た!と勝手に思っております(笑)。
 

 
最後のミーティングの内容、自分が何を話したのかあまり覚えていませんが、ある団員の方が、「自分が所属しているほかの団体で、音楽を専攻していないにもかかわらず、自分より知識が豊富な方がいる」というような話をされていたのが印象に残りました。それに対し小田さんは、ご自身の経験から、「その人たちは、知識は持っていても人を感動させるような技術がない。プロとしてやっていく我々とは評価軸がちがう」と答えられていました(解釈違いでしたらすみません)。この方の場合、評価軸が違う、というところには納得できました。
私の知り合いにも、音楽専攻でないにも関わらず、知識が豊富で、技術もある(実は私より長くフルートを吹かれている)方がいらっしゃいます。その方と出会った頃は、劣等感のようなものを感じていましたが、いつのまにかあまり気にしなくなっていました。おそらく、彼と私では得意なことが違い、彼の方が得意な分野は力を借りつつ自分の蓄えにしていこう、と思えるようになったことが作用したのだと思います。評価軸が違う、で論理的には納得できますが、この経験をきっかけに変わろうと思えたなら、それはそれで出会えてラッキー!くらいで構えても良いのではないでしょうか。
 
実は私、よびごえのTwitterの中の人なのですが、いつも同じような集合写真になってしまうことが悩みでした。ですので今回は、あえてブレ写真を撮るという手法に出てみました!いかがでしょうか?
何事も変化がないとだれてしまうので、稽古のあった日の集合写真も変化に富んだものにしていきたいですね。
何か良いネタがありましたらよびごえのTwitterアカウントまでご一報ください。
 

 
もともと話を短くまとめるのが苦手です。ダラダラとしゃべっているのが好きなんでしょうね。校長先生になったら生徒から嫌われてしまうタイプの人間です。長々とお付き合いいただきありがとうございました!
次のよびごえ日誌は実習終わりたての井出さんにお願いしようと思います!3年生の皆さん実習お疲れ様です! 小金澤…
16
September
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.014

こんにちは!初めまして、1年B類フルート専攻のソプラノパート神谷咲妃です。
 

 
今回の練習は夏休みに入って初めての練習だったので、それぞれまず発声を思い出すことから始めました。発声練習では、みんなで円になって内側を向いて歌うのと外側を向いて歌うのでは聞こえ方や自分の歌い心地はどう変わるのか、実験を行いました。結果は内側を向いて歌うと周りの人の顔が見られる安心感があることで、リラックスできたり自分の声が全員の声に調和して聞こえて歌い心地は良かったという意見がほとんどでした。対して外側を向いて歌うと周りの声と自分の声が分離して聞こえるので、不安になるという人やそれによって自分の声をよく聞けて向き合えるといった意見が出ました。わたしは外側を向いて歌う方がみんなの声と自分の声を比較しながら歌えるので、馴染むようにどうすればいいかな、などと自身の声と向き合えて外側を向いて歌う感覚は好きでした。また前回に続いて指導言についても考えました。母音を深く歌うとは具体的にどういうことなのか、図を用いながら小田さんが説明してくださいました。音楽指導では吹奏楽や管弦楽でもよく柔らかく吹いて!だったり、力強く!などと抽象的で曖昧な指示が多いですが、それを柔らかく演奏するために、音量を自在に操れるように、こういった体の使い方をするんだよ、と正しく教えることは難しいけれど、体を壊さずに上達していくためには絶対に必要なことではないかと思いました。これから多くの人が教員を目指していくこの環境だからこそ学べることがとても多く、人への指導へはもちろん、自分の練習のヒントにもなることばかりでとても勉強になります。
 

 
さて今回練習した曲は、夏休み前に引き続き「お母さん」と今回初めて取り掛かった「知るや君」でした。
どちらも音取りの確認を主に練習を進め、7度や半音などといった一見ぶつかって和声から排除して考えてしまいそうな部分をきっちりはめて枠組みをつくりながら各パート組み合わせながら歌うという練習をしました。
「知るや君」の練習では、今後表現を加えるのにあたってどのような表現が適切なのか、注意するべきポイントを挙げました。
まず1つ目はこの曲は最初フーガ形式で始まり、転調の前になくなるのですが、どのようにして聴衆にフーガと伝える歌い方をするのかということでした。2つ目はフーガの主題が繰り返されるときに伴う部分転調の歌い方です。それとなく転調していくのが良いのか、それともしっかり転調を感じられるように間を利用しながら歌うのが良いのか。そして3つ目は詩が文語体で書かれている意味を考えるということです。この曲の詩の作者は島崎藤村(1872~1943)という方で、彼の生きた時代から考えると文語体で書かれたということに意味があるはずだと考えました。また英訳された歌詞も書かれてるので、そこからも歌詞の世界観を感じ取ることが出来るのではないかという意見も出ました。わたしも英訳された歌詞を読んだのですが、もとが七五調なので「知るや君」が「Do you know this, my dear?」と訳されていて、そんな表現になるのかと興味深いのと同時に少し疑問に感じる点もありました。
以上の点を踏まえてそれぞれ表現方法を考え、これからの練習で曲の世界観を創っていこうということで練習を終えました。どちらの曲も重みを感じるような独特な世界観の曲なので、それをどのようにしたら音に歌詞をのせながらでも聴衆に伝わるのか、重いからこそダイレクトに自分たちの感じた重さを伝えられる演奏を出来るように悩みながら練習をしていきたいと思います。
 

 
次のよびごえ日誌はフルートの先輩でもあるこがもえさんにお願いしたいと思います!(よびごえにフルート専攻3人もいると昨日改めて知ってびっくり。!!) 神谷…
29
July
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.013

こんにちは、滝澤奏有美です。
今回の練習では、まずストレッチをして、アキレス腱を伸ばすことから始めました。次に発声練習で、声のポジションについて考えました。2人組になって、そのうちの1人の手の上下運動に合わせてもう1人が声のポジションを前後させて歌うという練習でした。ポジションの前後と口の開け方の連動性についても気づくきっかけになりました。同じポジションを求めたくても、人によって口の形の変化が違うという発見や、深い→浅いは簡単だけど、浅い→深いは難しいという声もありました。
 
前回で「お母さん」の音取りが完了していたので、小田さんの進行のもとで、一度通して歌ってみました。時々和音を確認しながらの練習でした。
次に、「恐怖」というものは技術的にどうやって表せるのか、「恐怖」を表現するにはどのような要素が必要だと思うかについてパートごとに話し合い、全体で共有しました。
 

 

 

 
何が起こるのか分からない’急な変化’、不自然な子音、暗さ、調の不安定さ・無調、2度などのぶつかる音程、同音の連続、低音のアクセント、半音の動き、ずっと同じ幅での平行な音程、減七音程などが、「恐怖」を想起させる要素としてあがりました。怖さには色々あって、そしてそれは状況によって違うもので、常に普遍的な感情ではないということも学びました。「お母さん」には、技法的には、話し合いであがったような「恐怖」のピースは揃っています。楽譜からそのサインを見つけて、それを活かして「恐怖」を再現できるようになることが、この曲を練習するうえでの課題だと思いました。
 
この日が夏休み前最後の練習ということで、今後の方針を考える為にも、これからよびごえで何を学びたいかを1人ずつ出し合いました。あがったのは、指導言について、声を「合わせる」とは何か、複数の音の中で自分の音を正確に歌唱する方法、指導実践、歌う前の体ほぐしやストレッチは本当に有効なのか、解釈と実践の関連、音楽を通した先にある学び、一斉指導の限界、歌うための環境づくり ということです。多様な言語の発音、体と行動の関係、そもそも合唱の発声とは何か、楽譜を解釈する方法論、子どもの状態を見取って教育にフィードバックすること、合唱団内部の人間関係の構築について、ということも、勉強すべき事項だと話がありました。夏休みの、時間があるうちに、それぞれで研究を進めたいと思います。
 
次の日誌は、神谷咲妃ちゃんにお願いします! 滝澤…
25
July
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.012

はじめまして!今回の担当は、1年A類アルトの堀切彩愛です。
今回の練習では、まず小金井祭で歌うもう1つの曲を決めました。メンバーがそれぞれ候補として出した曲を3曲まで絞り、楽譜を見ながら再度曲を聴いて最終的に『知るや君』(島崎藤村作詞 相澤直人作曲)に決定しました。音源だけ聴くのと楽譜も一緒に見るのとでは気付くことが違い、ディビジョンや伸ばす音の高さなども確認したうえで自分たちに合った曲かどうか考えて選ぶことができました。これから小金井祭までどこまで曲について深められるかとても楽しみです。
 

 
その後はいつも通り発声練習を行いました。今回はOで歌いながら口を縦に大きく開ける練習をし、補助として手のひらで頬を押さえながら意識的に口を開けて歌いました。やってみると声がとても良く響くようになり、発声練習ではその日の声が出るポイントを見つけ、歌の中で必要以上に響きをセーブしてしまわないようにすることが大事だということを皆で確認しました。
 
発声練習の後は『お母さん』の音取りをしました。まず初めに、音取りでは合っていても間違っていても声をしっかり出すことが大事だということを確認しました。自信の無さから声をしっかり出さないと、自分でも音が取れているのか分からないためです。
音取りはパートごとに別の場所でやるのではなく、お互いの音取りを聴き合いながら行いました。合わせる練習を始めるとそれぞれのパートをじっくり聴くことが少なくなるので、自分以外のパートがどんなことをしているのか知っておく良い機会にもなりました。音取りの際には音楽的なことを排除しがちですが、今回は「ここのテンポ,休符,強弱はどのようにするのだろうか」と考えながら音取りをしました。歌詞の朗読も行い、その場面での感情も想像しました。疑問を見つけながら音取りをしておくことで、練習が進んだときに表現を深めやすくなると感じました。音価,音程,パート同士の音の関係についても丁寧に確認し、最後まで音取りを完了することができました。『お母さん』は音程が難しく苦戦した場所もいくつかあったので、今回の練習をもとに自分でしっかり復習しておきたいです。
 
この曲はこの間の音楽祭で歌った曲とは雰囲気がガラリと変わり、死や恐怖などが大事なキーワードになってくると感じました。曲の表す感情やストーリーを自分の中に落とし込み、裏付けのある音楽的表現ができるように、これから本番まで練習していきたいです。
 
次回のよびごえ日誌の担当は、滝澤奏有美ちゃんにお願いします! 堀切…
15
July
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.011

はじめまして。今回の担当は、1年アルトの谷夏七星です。
季節の変わり目になってきたからなのか、最近は学校中で体調不良者が続出しているようです。私も先日、風邪を引いてしまい声が出なくなりました。体調管理には気をつけたいですね!
 
今回の練習は、まずいつも通り発声練習を行い、その後、11月に開催される小金井祭のステージに向けて
『美しい訣れの朝』より「お母さん」(阪田寛夫作詩/中田喜直作曲)
の練習を開始しました。合唱祭で歌った2曲とは印象がかなり違う曲です。
 
音取りをするとともに、小田さんがこの組曲の詩を朗読してくださり、パートごとに次の2つのポイントについて話し合いました。
1.この組曲を、何か一言で表すとしたら何にするか。
2.この組曲の中で、3曲めの「お母さん」をどう歌われるべきか。
 
1点目については、どのパートも少し悩んでいるようでした。最終的に各パートで意見はまとめましたが、メゾとアルトは自分たちの出した答えに満足がいかず「何かもっと良い言葉があるはず!」と、なんとなくスッキリしませんでした。結局、他パートの意見を聞いても団員のほとんどが納得しきれずに終わってしまいましたが、今後の練習を通して何か一つでも、「こんな言葉が良いのではないか」と思えるような答えを見出すことができれば良いなと思います。また、初めは答えを出すことができなくても、「どんな言葉で表せるんだろう」と考えていることも曲の理解へ繋がると思うので、練習するときには常に意識して歌っていたいです。
 
2点目については、どのパートからも似たような意見が出されました。「お母さん」は、詩だけ見ても、他の4曲よりも激しく「苦しい」などの感情がダイレクトに言葉で表されているので、「最も感情的に歌う、死に対する本音を出している」といったような意見が多くありました。
 
初めて取り組む合唱曲がどんな曲なのかは、音源を聴いて知り、捉えることが多いと思います。ですが今回は音源を聴くのではなく、まず朗読を聴いて、その曲がつくられる元となった“詩”そのものから何を感じるのかということから始めました。音源から入ると、和声感やリズム・強弱などに注目してしまい、肝心な詩は後回しになりがちな気がします。もちろん、和声感などがあってこそ曲として完成されていますが、まずは詩本来の持つ言葉の意味や作詩者が伝えたかったことを汲み取ることで、本当の意味で、歌い始められるのではないかと思い、とても新鮮な練習内容でした!
 

 
また、音とりを進めるときに、「同じ四分休符でも、その後の歌詞によって休符の質感を変える」ということを全員が意識して歌いました。冒頭部分はソプラノとメゾが歌詞をうたっていてアルトはずっと休符かハミングで歌詞がありませんが、休符を意識しない時と意識した時では、ソプラノとメゾが歌っている歌詞から感じるものが全く違いました。「休符は単なる休みや準備ではなく、休符も音楽だ」とよく言われますが、これは正にこの言葉のことだなあ、と思いました。作曲者はなぜそこに休符を書いたのか、そこには必ず理由が存在します。「その休符を入れることで何を伝えられるんだろう?」と常に考えて歌うことで、音楽はより立体的に、メッセージ性を持つようになるのだと思います。
 
これから「お母さん」と向き合っていくことがとても楽しみになった練習でした。私(1年生)にとっては、初めての小金井祭!!団員全員で頑張っていきたいと思います!
 
次回のよびごえ日誌の担当は、いつもほんわか笑顔の堀切彩愛ちゃんです! 谷…
07
July
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.010

こんにちは!1年A類の伊野綾那です。今回は、今年度初のステージ!7月7日(日)の東京都合唱祭について書き留めたいと思います。
 
実は、私は高校の合唱部時代からこの合唱祭に毎年参加していました。そのため、会場の新宿文化センターはもはや思い出の場所です。しかし、どれだけ同じ舞台に立ったことがあったとしても、毎回見える景色は違いますし、この空間でどんな演奏ができるのかという緊張と興奮は、毎回湧き上がってくるものですね。
 
さて、早朝の最終練習を終えて、静かな雨の中会場に向かうと、続々と出演される合唱団の方々が集まってきました。合唱を愛し、仲間とともに楽しんでいる方々が、これだけいるのか!と驚かずにはいられませんでした。合唱祭が始まり、実際に演奏を聞いていくと、年齢、人数、ジャンル、演奏形態など、非常に様々でした。コンクールのように規則、審査、順位…などに縛られず、表現したいものを表現する。まさにお祭りという名にふさわしい、楽しい時間でした。
 
それでは逆に、私たちよびごえは何を伝えることができたでしょうか。目標であった「自分たちが感動し、感動させる音楽」、そして「爆発した本番でしか作れない音楽」を作れることはできたでしょうか。ここで、講評、他の団体からの感想文の一部を紹介します。
《良かった点》
・透明感のある歌声で12人とは思えない豊かな響きだった
・優しさ、温かさ、人間とは…などが伝わってくる英知ある演奏だった
《改善点》
・メゾ、アルトがソプラノに消されがちだった
・各パートが音楽の流れを作り出せるとさらに良い
・言葉一つ一つの表情を表現してほしい
など多くのご意見をいただき、嬉しさを噛みしめつつも、よびごえの次なる課題が見えてきました。もちろんそれは、「感動をはらんだ音楽を届ける」ための手段であることを忘れず、これからの音楽作りに活かしていきたいと思います。
 

 
最後に、私の個人的な感想になってしまいますが一つ。感想文を読んでいるとき、「今後も歌い続けてください。」という言葉が深く心に響き、感動が溢れてきたのです。よびごえの歌声をまた聴きたい、他の誰かにも聴いてほしい、と願いのこもった一言のように感じられ、こんな私も歌って良いんだ、と本当に心が救われました。音楽は、自分のためではなく、聴いてくださる誰かのためにあるのだ、ということを改めて確信した瞬間でした。感動を生んだ音楽が、演奏する者の喜びとなり、また別の場所で感動を生み出していく。音楽の力って本当にすごいですね!!!
 
約3か月間、向き合ってきた『恋』『雨のあと』の練習は一旦終了し、これからは、小金井祭に向けて再出発です。ひと夏をかけて、さらに進化したよびごえの姿をお見せできるよう頑張ります!
 
次回のよびごえ日誌は笑顔のかわいい谷夏七星さんです!お楽しみに! 伊野…
01
July
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.009

はじめまして!1年フルート専攻の今城琴美です。今回は合唱祭前の最後の練習でした。
 
各自発声をした後、まず通し練習を行いました。立ち位置の確認や歌い始めのタイミングの確認をし、本番をイメージした練習となりました。歌う前に、心を落ち着けてその曲の歌詞に思いを馳せ、気持ちを作って準備することが大切だと感じました。
 
まず『恋』の練習では、テンポの変わり目などのアインザッツの確認をしました。
曲の始めは特に私自身も不安に思っている部分だったので慣れるまで何度か練習することが出来て良かったと思います。
タイミングを揃えることを意識しすぎるとどうしてもためらいが生まれてしまい、余計にずれてしまったり、テンポも引きずりがちになってしまったりするので全員が自信を持って思い切って入ることが大切だと思いました。
 
『雨のあと』の練習では、アルトパートはメロディーの部分で明るい声で歌おうとするあまり、声が浅くなってしまっているという指摘を受けました。奥に響きのある声を出しつつ、歌詞の明るいニュアンスを出す歌い方を出来るよう工夫しようと思います。
また「かわく」という言葉が何度も繰り返されていることに着目し、それは何故なのか、どのように歌えばいいのか、ということを考えました。「涙のあとがもうかわく」という言葉から、かわいてほしいという思いを感じるという意見や明るくキラキラとしたイメージを持つという意見がありました。
 

 
また全体を通して、小田さんから「感動を届ける演奏をしよう」というお話がありました。
ただ上手な演奏をすることは求めていない、1人でもいいので誰かに感動を届けられる演奏をすることを今回の合唱祭の目標にしようということでした。
みんな一生懸命に和声分析や、楽譜の読み取りをしがちだけど、それはあくまでも心に響く演奏をするための手段であって本来の目的を忘れてはならないと気付かされました。
 
いよいよ7日の日曜日が本番です。4月に入団して3ヶ月余り向き合ってきた『恋』と『雨のあと』を皆さんに聴いていただけることがとても楽しみです。
聴きに来てくださる方々に曲に込めた私たちの思いを届け、心に響く音楽を作りあげたいと思います。
 
次のよびごえ日誌は、ソプラノの1年生の伊野綾那ちゃんにお願いします! 今城…
27
June
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.008

A類1年の滝澤奏有美です。1年生も、練習を重ねるうちに段々慣れてきました。東京都合唱祭まで残りわずか、暗譜練習も始まり曲を深めています。
 
この日は、発声を井出さん、『恋』と『雨のあと』を小田さんに指導していただきました。まず、2人でペアをつくって、お互いの声が聞きやすい位置をとります。その状態で、できるだけ強く、かつ良い声で、aのlegatoで発声をしました。パートが違う2人でペアになり3度音程でやった時は、普段遠くてよく聴けないメンバーの声も意識して聴くことが出来て、他の人の声を聴きながら歌うことの難しさ、大切さを再確認できた練習でした。
 

 
『恋』の練習では、まず発声が浅いという指摘を受けました。周りに声を合わせようとして、自分たちの本来の声楽での発声ができていませんでした。前回の練習で学んだポジションのことを思い出すために、母音で歌う練習を行いました。また、「息をはやく」という抽象的な現象を確認するために、鼻を指で軽く塞いで、摩擦音によって息の量を認識することもしました。感覚だけでなく、客観的に発声を理解することで、確信として歌うことができると感じました。
 
『雨のあと』では、なぜ作曲者がこのような音をつけたのか、このようなテンポに設定したのか、ということに引き続き留意して練習しました。最後のコーダ部分では、作曲者が、実際の詩にはないものをかなり付け加えて曲の盛り上がりを作っています。普通はこういうことはNGだけど、これは作曲者に「自分も作品の一部として入れて欲しい」という思いがあってのことで、つまり詩だけでなく作曲者の特徴も感じながら歌うべきである、という観点は、今までの自分にはないものでした。また、技術とイメージのバランスをよくとることで、表現を磨いていけるということを学習しました。
 
合唱祭まで残り一回の練習となりました。焦りもありますが、昼練も加えて、残りの時間で曲を磨いていきたいと思います。
次の日誌は今城琴美ちゃんにお願いします! 滝澤…
17
June
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.007

こんにちは。2年声楽専攻の佐藤花音です。雨が降ったりやんだりしてはっきりしない天気ですね。あまり好きな季節ではないですが、『雨のあと』について考えを深めるには最適なことに気づきました!雨が上がったときの雰囲気を味わっておこうと思います!
 
この日は、発声を井出さん、『恋』を草野君、『雨のあと』を小田さんが指導してくださいました。
まず、最初20分の発声の時間は、唇を閉じてのハミングからだんだんa母音に近づけていき、最後はkaで歌いました。kの子音の強さによって、聞いている人が受ける印象にどんな違いがあるか、どのような感情を呼び起こすか、というところまで踏み込みつつ行いました。合唱祭で歌う『恋』の冒頭のkに生かしていきたいです。
 
さてさて、その『恋』ですが、今日は後半部分を中心に取り組みました。「子音を使って、ニュアンスをだしてみよう。子音を発する前の時間をうまく使ってみよう。」ということが今日の1つの大きなテーマだったように思います。「ほのか」「ともしび」などの言葉の語頭に意識をむけて練習しました。この日私は調子が悪かったため、声は出さずに見学していたのですが、アドバイスを受けて歌が変化していく様子は聞いていて楽しかったですし、見ていて勉強になりました。子音の使い方を考えるためには、まず、どのような気持ちなのか、何を伝えたいのかということを、いかに具体的に考えそして自分自身の身近な感情と結び付けられるかが鍵な気がします。この日確認した、この曲の詩が書かれている視点についても踏まえつつ、考えを深めます。
 
もう1曲の『雨のあと』は、作曲者が意図したニュアンスに考慮しながら、テンポや予備拍など基本的なことについての認識を共有した後に、冒頭8小節とその後でのテンポの違いはどうしてなのかを考えました。前奏部分と本編だからという意見や、雨が降っている時のあまり動いていない感じから雨が上がって活動している感じへの変化という意見などがありました。ここの部分に限らず、何のために変えるのか、どんな感情があったのか、を大事にし、そしてそのためにはどう技術を使ったらいいか考え、言語化し、人に伝えられるようになる。これが目標なのですが、私は特に、どう技術を使ったら表現したいものが表現できるのかを考えるところが難しいなぁ、と感じています。試行錯誤を重ねます!
また、歌うときのポジションについても学びました。声楽の発声における理想は深く広く。自分自身が感じる真ん中を基準として前に出してみたり、後ろに持って行ったりいろいろ試した後、合唱団よびごえでのポジションの認識を共有しました。
 

 
最後のミーティングでは、声を合わせるとは?合唱とは?という類のコメントが多かったような気がします。とても個人的な話になり、申し訳ないのですが、この前人生で初めて一人で美術館に行きました。画家が描きたかったことそのままを、直接見ることができる美術作品と違い、音楽は作曲家が表現したかったことが演奏者を介して伝わるという点が面白くもあり、難しくもあるなぁと改めて思いました。歌の場合は作曲家の前に詩人や作家がいるからなおさらです。絵を見たときに感じることが人それぞれ違うのと同じように、楽譜を見たとき・詩を読んだときに感じることも人それぞれ違うというのに、複数人で1つの曲を一緒に歌うのだから、合唱って不思議だなぁと思いました。
 
次のよびごえ日誌は、合唱祭で同じパートを歌う滝澤奏有美ちゃんにお願いしようと思います! 佐藤…
13
June
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.006

今回よびごえ日誌を担当するのは2年声楽専攻で、今回「恋」の指揮を振っている草野圭祐です。昨年までは、学生が指揮をするという場面は少なかったため、慣れないこともありますが、団員の皆さんの協力の下最近はやっとペースが掴めてきたかな、という感じです。
 
今回の練習では、まず「雨のあと」をやりました。今回の大きな議題は「葉っぱ」という言葉の「葉」と「ぱ」の間に休符があるのは何故か、ということでした。歌い手からの視点、聞き手としての視点、作曲者はどのような演奏効果をもたらしたかったのか、そこに介在する感情について、空間的な広がりについて、などの多角的な方面からこの議題について考えました。話し合いながら考えると、一人では持たないであろう視点を取り入れつつ議論を進めることができるため、とても面白い話し合いになったのではないかと思います。
 

 
次に、「恋」ですが、今回は子音がもたらす演奏効果について、ということに焦点を当てて練習を行いました。どのような言語にも子音と母音は存在し、歌唱する上でその二つは非常に大きな要因を占めますが、私たちが普段声楽をするときは母音ばかりを気にしてしまい、子音を使うということをおろそかにしてしまっているのではないかと思ったので今回は子音に焦点を当てました。結果として、私が想像していたよりもとてもよい演奏効果が得られ、団員の皆さんもたくさん考え、それを表現してくれたので、よい学びになったのではないかなと思います。
 

 
私が合唱について考えるときに一つ軸にしているのは、必ずしも指揮者の求める音楽に批准することが正しいわけではない、ということです。団員がいればその人数分の表現方法や感じ方、伝えたい想いがあってしかるべきであるし、様々な価値観が団員の中にあればこそ聞いてくださる方の心に刺さる部分も増えていくのではないかと私は考えています。単一の情報を極めることも合唱の美しさだと思いますが、よびごえの皆さんには是非情報量の多い合唱をしてほしいな、と思います。きっとこのよびごえは合唱の新しい可能性を探すのに最適な場であるはずなので、皆さん一人一人の考えを大切にしてほしいなと思います。
次の日誌は、私と同学年のかのんさんにお願いしたいと思います。最後まで読んでいただきありがとうございました。 草野…
03
June
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.005

今回担当しますのは、3年声楽専攻の國元美乃里です。よびごえのメンバーはそれぞれ忙しいながらも、出席率がとても良いのがすばらしい!きっとそれはここがみんなにとってそれだけ価値のある場所だからではないでしょうか。
 
さて、今日の練習は前回に引き続き佐藤さんの発声指導から始まります。前回の反省をふまえ、今回はより体系化された発声指導となっていました。二人組を作り、前後に並びます。前にいる人が声を出し、後ろにいる人は前の人の声に溶け込むように後から入ります。後ろの人が入ったのがわかったら前の人は手を上げます。前の人はかなり意識して耳を使わないと、後ろの人がいつ入ったのかわかりません。合唱において、周りの声をよく聞き、声を合わせるというのは常に求められることです。普段注意していても案外周りの音を聞けていないこともあります。このような練習の積み重ねが、曲に応用できる力を育むのですね。
 

 
今日は「恋」を草野君が、「雨のあと」を小田さんが指導してくださいました。今回の大きなテーマは、「歌詞をどう表現するか」。私たちは小田さんから、「ドラえもん深読みガイド」(小学館)の中のある一ページを渡されました。そこには、のび太君とドラえもんの会話があります。アイドル歌手のファンであるドラえもんに、のび太君が「そんなに好きなの?」と問いかけ、「ン、モウ大大大ファン!!」とドラえもんが熱を上げて発言する、という場面。この二人のセリフを音楽記号で表すとしたらどう表すか、それぞれグループに分かれ、考えます。のび太君はこんな性格だから、とか、ドラえもんの興奮度はsffで表そう、とか、実際にセリフを読んでみたり、様々な工夫がなされた答えが上がりました。そして、これを楽譜で考えてみます。作曲者はどうしてここにmfを使ったのか。逆に、どうしてmfとしか書かなかったのか。作曲者が楽譜に表した理由、表さなかった理由。私たちは同じ人間ではないので考え方が違うのは当然ですが、しかし、それを考え自分なりに表現することに意味があるのです。歌詞を書いた人、曲を書いた人、歌う人、聴く人、多くの人の心と身体を通って、それぞれの人の感じ方でその音楽を受け止める、音楽の素晴らしいところは、こういうところにあるのだと感じました。
 

 
本番まで残り一か月となりました。残された練習時間もだんだんと少なくなっていきます。今回の練習で考えたこと、できるようになったことを、次回の練習での新たな発見につなげられるように、私も個人練習を頑張ります!暗譜も頑張ります!
よし!次回のよびごえ日誌は、「恋」の指揮を担当してくれている草野くんにお願いしよう!お楽しみに!!! 國元…
30
May
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.004

はじめまして。4年声楽専攻の、名嘉眞静香です。
初めてのよびごえ日誌にワクワクしています。7人で始まったよびごえが、今年は新入生が7人。今日はよびごえ日誌vol.004。vol.100のとき、vol.999のとき、どんなよびごえがあるのだろうと、想像するだけでうれしくてにんまりしてしまいます。
 
さて、今日のよびごえ。まずは、佐藤さんが発声練習を担当してくれました。彼女が発声練習を担当するときには、新しい発想や試み、工夫がいっぱいです。今日は他の人の声をよく聞こう、というもの。3、4人でグループを組み、前後に1人ずつ並びます。前の人は1音を伸ばし続け、それに重ねるように、後ろの人が途中から歌い始めます。後ろの人が歌い始めたと思ったところで、前の人は手を挙げます。後ろの人が実際に歌い始め、前の人がそれを認知するまでにどれくらいの時間がかかったかを、もう1人の人が確認します。「思ったより後ろの人が歌い始めてから気づくのに時間がかかった」、「和音でやったらどうだろう」、「2人でもできるのでは」など。たくさんの意見・感想が積極的に飛び交いました。みんな、よびごえをよくしたいという気持ちに変わりはないですね。1つの提案を、よりよいものにするにはどうしたらいいかを、みんなで話し合えるというのは、とても有意義な時間だと感じます。この練習法はまた続くようなので、次回も楽しみです。
 
今日は合唱祭に向けての練習も3週目。草野さん、小金澤さん、私で稽古をしました。音程やハーモニーは、よく指摘される要素です。これらを、どういう切り口から切り込んでいくのかを考えるには、なにで音程感とハーモニーが構成されているのかを知る必要があり、まだまだ勉強しなくてはと意気込んでいます。自分が前に立って稽古した後、「あの練習法を実践してみたらよかった」、「あの時の声かけよりも、もっと適切なものがあったのでは」と振り返ります。計画→実践→振り返りのサイクルをこなしていく事によって、自分自身のよりよい学習につながるだろうと、粘り強く信じて前進したいです。
 

 
稽古の最後には、私の1番の楽しみであるミーティングが始まります。団員も増え、さらに私たちはよく考え、よく喋る!どんどんミーティングの時間が長くなっていくような気がしています(笑)元気な人もいれば、お疲れ気味の人もいたり、それぞれが合唱を通して、お互いを知り、時間を共有し、なんとなく気づかったり、励ましたり。1人1人の悩みや葛藤、喜びが、よびごえ全体を突き動かすエネルギーになっているのを、強く感じます。よびごえ日誌vol.999でも、みんながありのままに伸び伸びいられる、よびごえでありますように!
 
次回のよびごえ日誌は、我らが団長、山口のエンターテイナー國元さんです!お楽しみに。 名嘉眞…
20
May
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.003

2019年度も本格的に稽古が進み始めました。
みなさんには申し訳ないながらも、私が稽古に参加できる日が少なく、ほとんどの稽古を団員が担ってくれています。
音が取れるようになること、全パートと合わせる中で自信をもって歌唱できるようになること、まずはこれらの目標に向けてどのような手順を使えばよいのか、一人一人が試行錯誤をしているのではないかと感じています。
 
今日の稽古は少しだけ顔を出すことができたため、伊藤さんが指導しているところから見学ができました。楽譜に書いてある音と、実際に鳴っている音を聴き比べながら丁寧に音を合わせていく稽古でした。1フレーズ歌い終わると、団員からは「ここの音が取れないんだよね…」「ここはこんな感じでいきますね」など、パート内で声が漏れ、全体の指導を受けていながらも、音楽が少しでも良くなるように自分たちでも工夫をし、1人1人が主体的な試行錯誤をする場となっていました。
 

 
私も少しだけ稽古に首を突っ込みましたが、そこではアカペラの曲に伴奏をつけて弾いてみたり、「この曲の良いところを5つ言ってみて!」とアルトに答えてもらったり、どうしてみんなはこの曲を柔らかく歌おうって思ったの?(どうして荒く歌ってはいけないのか)、と曲のイメージを生成するためのアクションや質問を重ねました。
 
どうしても常套的な合唱指導はまずテクニック面を音楽の本質から切り離して稽古し、ある程度安定してきたときに曲の解釈、表現の仕上げを行う傾向があります。これは1つの方法として確立されていますし、まずは正確に歌えないと本番上手に歌えないのではないか、という不安が残るがゆえに定評を得ているのではないかと、個人的には感じています。
 
三善晃は、自身が譜読みを行う際に、曲が何を言わんとしているのか、どんな音楽的な世界がそこに拡がっているのか、イメージを十分に形成したうえで、その世界観に到達できるための稽古を重ねることを推奨しています。この考え方を上記の従来の指導法と突き合わせてみると、従来の指導法では「音取り➡曲の解釈➡表現の調整(仕上げ)」、三善流だと「曲の解釈➡音取り+表現」となります。どちらが良いか、それを安易に断言することはできませんが、少なくとも両者では、そのプロセス間での「合唱体験」が異なることは重要な点です。
 
従来型の指導法は、合唱作品を仕上げるための要素を分断し、1つずつ丁寧に積み上げていこうとする傾向がある反面、それ以外の要素を排除するという側面も持っています。そのため、音をとる段階では、曲の内容は知らなくても実施できる、という状況が生まれます。
一方、三善流の場合は、曲の世界観や背景を分かったうえで音をとるため、要素が混同しているとも言えます。しかし、音をとる段階から作品の世界に自身の身を置くことができるため、淡々と音をとる際にも、その音の質感を考慮することができます。
つまり両者について、音取りという活動の質が異なり、それゆえに団員の「合唱体験」は異なっている、と言えるでしょう。
 
たった1つのプロセスの違いでも、合唱という場の意味は変わってきます。
まずは様々な合唱指導のスタイルを経験し、自分でも実施してみることはとても大事です。そうした試行錯誤を重ねること、またその試行錯誤を目前にすることで、団員1人1人が成長していくことを期待しています。
 
 
 
そんなことを思いながら稽古の見学や実施を終え、振り返りでは、詩について意識が向いていなかったこと、詩を振り返ると丸い言葉が多いこと、「ゐ」が使われているのが良い!という詩に目を向けた意見や、次に来る和音が予測できないから音取りがしづらい、合唱も声楽の発声で良いと言われるけどよくわからないという歌唱技術に着目した意見、全体の前で指導することの難しさを実感したという指導法に関する意見などが出ました。
 
それぞれの課題をとりあえず共有してみる、というところから、自分の課題を誰かの頭が考えてくれる、ということが始まります。自分の課題を自分の力で解決することも大切ですが、時には、誰かの頭を借りて一緒に考えてもらうことも良いかもしれません。そうして、仲間ができていくのかもしれませんね。
 
5月病、梅雨に負けずにがんばりましょう!
  小田…
13
May
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.002

2019年度、1年生を含めた新体制の初回稽古が始まりました。
 

 
7月7日(日)出演予定の東京都合唱祭の曲が以下に決まったため、まずはそれに向けたパート分けを行いました。
 
 『きまぐれうた』「恋」(みなづきみのり作詩/土田豊貴作曲)
 『なみだうた』「雨のあと」(金子みすゞ作詩/信長貴富作曲)
 
つい数か月前まで混声合唱を行っていたよびごえですが、今年度は女声合唱からのスタートです。
混声合唱には混声合唱の響き、女声合唱には女声合唱の響きがあると個人的には考えており、これは単純に、複数人が集まって声を出し合うだけで成立するものではありません。響きを作るための理論と合唱の歴史的文脈の中で形成されてきた価値観とがポイントになると思われます。
 
そこで今日は、女声合唱の響きを自分たちなりに整理するためのワークを行いました。
 
ワークの内容として、まず、3つのグループ(パートごと)に分かれ、じゃんけん等を行いリーダーを決めました。
 
その後、事前に準備した以下の4曲を順に聞き、その演奏の特徴をグループごとに整理しました。
また、今回選択した2つの時代を考慮に入れ、約30年前と今、その時代ごとの発声や言葉のさばき、音楽の表現などに変化が見られるかどうかを整理しました。
 
1989年 鹿児島女子高等学校 「いま」 (阪田寛夫作詩/尾形敏幸作曲) 1991年 安積女子高等学校  「聞こえる」 (岩間芳樹作詩/新実徳英作曲) 2017年 大妻中野高等学校  「君が君に歌う歌」 (Elvis Woodstock作詩/大島ミチル作曲) 2018年 豊島岡女子学園高等学校 「ポジティブ太郎~いつでも始まり~」 (つんく作詩/上田真樹作曲)  
時間の都合があるにせよ、たった4曲を聴いただけで時代比較を行うことは強引なのですが、ただし、女声合唱が約30年を経てどのように変化したのか、そしてこれから30年後の女声合唱はどうなっているのだろうか、という問いを得るためにこのワークを行いました。
 
1989-1991年から2017-2018年に向けて女声合唱はどのように変化したのかについて、学生の意見をカテゴリーごとに整理してみました。
 …
08
April
2019

【2019】よびごえ日誌 vol.001

2019年度の新歓1日目は、ミニコンサートで「にじ色の魚」「夢みたものは…」「今日の日」「狩俣ぬくいちゃ」を歌い、その後は見学に来てくれたみなさんと一緒にワークをしました。
 
最初のワークは、まず「夢みたものは…」の前半を音取りしたあと、「楽譜通りに歌う」ということを意識して歌唱しました。その後、では「楽譜通り」と言われてなにを意識したのか、1人1つずつ発言しました。例えば、以下のような意見がでました。
 
 ・強弱
 ・音の長さ
 ・拍子感
 ・音程
 ・フレーズ感
 ・言葉の節目
 ・言葉のニュアンス
 ・歌詞をまちがえない
 
これは、楽譜にはどのような情報が書かれてあるのか、私は楽譜に何が書いてあると認識しているのか、これらを改めて考えるためのワークです。「楽譜ってそもそも何…?」という意見も出ましたが、これはとても良い問いだと感じましたし、いろいろな情報が含まれている楽譜をもう1度捉え直すきっかけになったのではないかと思います。
 
例えば、誰が読んでも同様に読み取れる情報として、調性や和声、形態(アカペラ、混声3部合唱等)などが楽譜に書かれている一方で、可変的な情報も含まれています。例えば、詩や強弱記号等、「私」と「あなた」ではその意味や程度が異なる可能性があるものです。楽譜とはそのような情報の総体であり、「楽譜通りに歌う」という試みは、自分と音楽の関係を問い直すためのキーワードなのかもしれません。
 
2つ目のワークでは、上記の中に出てこなかった、無意識の中で感じている音楽へのバイアス、というものを取り扱いました。今回、「夢みたものは…」を歌う時、だれ一人として荒っぽい歌い方をせず、自然に柔らかく歌唱しようとしていましたが、楽譜のどのような条件が私たちをそのような歌唱へと導くのか、考える事にしました。
 
全体を5つのチームに分け、チーム名を考え、各チーム最低5つは要素を出すこととしました。チーム名は、「タピオカ元年」「八宝菜」「チーム女子力」「1/2長野県民」「いちごGUMI」など、個性が結集しました。
 

 
「mpから始まる指示があるから強くは歌えないのではないか」「タイトルに『夢』がつくからそのイメージにひっぱられるのではないか」「和声構造がシンプルなことに原因があるのではないか」など、全員の意見を共有することで、「柔らかい」と感じてしまう音楽の条件が自然と整理されていきました。
 
なぜ私たちはある音楽を柔らかいと感じ、ある音楽は固いと感じるのか。今回は「夢みたものは…」の持つ質感を「柔らかい」というキーワードを頼りに考えてみましたが、この先、日常生活のなかにありふれているモノの「柔らかい」と音楽における「柔らかい」の間に共通点を探そうとするとき、そこにはきっと、学びが拡がっていく喜びがあるのだと思います。
 
今回のワークは計1時間のため、各自が疑問やもやもやを持ち帰ってくれるといいな、と思い課題を設定しましたが、それらを抱えながら、これから始まる大学4年間の学びのスタートしてくれるといいな、と感じています。
 
みんな、入学おめでとう!楽しい学びの世界が拓かれますように!
 
  小田…